変形郵便

May 06, 2012

フォルムカード(わたしとすゞと台湾版と)

2012050607 スタンプショウ2012に出発する前の4月中旬、スタンプマガジン5月号に載っていたフォルムカード第4弾:山口県版「金子みすゞ」に図案ミスの記事には驚きました。後日のために正確に記しますと山口県在住の山根秀子さん(78歳)が気付かれたもので、着物のいちばん内側の赤い襟の襦袢だけがなぜか左前に描かれているというものです(P.31)。
 ファンタスティック・スタンプクラブ(FSC)特別例会のお土産にちょうど良いと思いましたので、しこたま買い込んでお江戸で配ってきました。
 そして中日の4月28日、マサスタンプさんのブースでそんなこんなのお話をしていましたらマスターの山本誠之さんからこんなオシャレなフォルムカード(下図)を頂きました、というのは冗談です。

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 台湾の民間企業が発売しているフォルムカードのそっくりさんです。MILU DESIGNという会社が作っているもので、正式には台灣旅行明信片(Graphic Post Card)と名付けられています。日本のものより厚く約2ミリもあり堅牢でしっかりしています。日本の熊谷組などの共同企業体が建設したことからジャポニカの一種でもある台北国際金融センターこと「台北101ビル」、そしてなぜかセクスィ〜なお姐さんが売っていることで有名な「檳榔(びんろう)売りスタンド」の2枚を台湾のお土産として頂戴しました。
 日本のフォルムカードをパチったとかなんとか野暮なことは申しません。良いものは世界共通で良いのです。こういうものが売られている背景には、まさしく日本のフォルムカードが台湾でも人気があることの証拠でもあります。山本さんは現地の郵趣家のために四国のフォルムカードを取り揃えて送るなど、およそ商売としては手間賃にもならないようなことまでされています。
 日本ならではのさまざまな「大人の事情」によって通販をしない(できない)など、まったく以て商機を逸するに事欠かない日本郵便のへたくそぶりにはうんざりします。台湾のみならず、その他の近隣アジア各国でもフォルムカード人気があることすらも、おそらくご存じないことでしょう。郵政民営化になってできることよりできないことの方が増えたのは完全な失政です。
2012050606 この台灣旅行明信片、台湾の楽天市場で通販されています。日本からも買えるのかどうか試してはいませんが、その気になればなんとかなるでしょう、きっと。

台灣旅行明信片

(←ちなみに通信面はこんな感じです)

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April 11, 2012

多局印カバーの楽しみ

 懐かしい郵趣文献をYahooオークションで入手しました。かつて記念カバー、多局印カバーならここ!と言われた「カバー研究」誌No.39「特集 山口線SL復活」号です。
 改めて説明するまでもなく、山口線の観光用SLの運行は今も続いています。その復活運行初日である昭和54年(1979)8月1日、私は山口県にはおりませんでした。この年の春に高校を卒業して上京していましたので、わずか4ヶ月時差のすれ違いでした。当時は特殊切手・SLシリーズも郵趣家の手元に豊富に残されていたので、実にさまざまな記念カバーが作られました。委細は当該号をご覧ください。(ここをクリック
 小型印など当時の押印物は後日入手しました。誌面を見ますと記念乗車券、記念煙草や記念瓶ビール(のラベル)なども発行されています。記念煙草なんて今ではとても考えられませんが、当時は何の疑問もありませんでした。それらをカバー上に貼り合わせたものも作られていますけれど「コンビネーション・カバー」とか「コラボ・カバー」といった言葉はまったく見当たりません。そうです、その用語自体も存在していませんでした。言葉だけではありませんよ、携帯電話もパソコンもなく自動車だってマニュアル車しかない時代です。ムダに冗長な印象も受ける押印記録も、そんな時代背景を考えていただければまた違った受け止め方ができると思います。

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 このような記念カバー、多局印カバー作りは昭和50年代までがピークだったように思います。上は昭和49年用年賀小型シートを貼った自作FDCです。広島県の竹原局、大竹局と回り、最後は福岡県の太宰府局まで行って風景印を押してあります。当時は高速道路網もまだ完成していません。どうやって移動したのか、やっぱり興味が湧いてきますね。そして何と言ってもこのカシェです。ガリ版の重ね刷りによる多色印刷です。当時既にこんな職人レベルの耕版・印刷技術を持った郵趣家がいたのですよ!。
 カバー研究誌も新刊を見なくなり愛好者さんたちも高齢化で激減。もともときれいなカシェを描く能力、多色印刷を刷りこなせるガリ版技術がないとなかなかできなかった自作カバー作り。昭和60年代にかのプリントゴッコが大ヒットしたものの、往時のような愛好者増をもたらすことはありませんでした。これは記念特殊切手の額面が20円から50円、62円そして80円へと高額になり、発行件数もじわじわと増えていったことが原因ではないかと思います。
 昭和から平成に切り替わった1990年代には既に自分はアップルのMacintoshコンピュータを使い始めていました。平成10年代に入ると他社PCもグラフィック能力が向上したのを反映し、素人ながらプロと見紛うできばえのカシェを早く大量に作ることができるようになりました。今では従来の切手収集家ではない人々の記念押印・引受消印が相当数増えているようです。かの人たちは組織化されているわけではないので愛好者数の増加数までは把握できていないものの、一般に普及しているという点で、ある意味望ましい形ではないかと思います。
 このあたりのデザイン・プリントツールの発展と自作カバーの移り変わりを4月の第4回ファンタスティック・スタンプクラブ(FSC)例会でまとめてお話ししても面白いかもしれません。

2012041101 日本以外を見てみましょう。第二次世界大戦が終わり民間航空路が伸長して行くのにさほど時間はかかりませんでした。左はヨーロッパ大陸の代表例でフランスのものを取り上げました。1946年から1947年にかけて、折り畳んで封かん紙で閉じるという方法でアメリカ、ベルギーなどへと回送しつつ押印してもらっています。終戦翌年でもうこんな遊びをしているのですから郵趣先進国は違いますね。開き図をクリックすると大きな画像が開きますのでご覧になってください。

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2012041103 あるいはまたこれはアメリカ、1948年の例です。アメリカン・エア・メイル・ソサイエティなる団体が作成したものです。前記と異なって状態が非常に良いことから、このままむき出しの形で実逓送付されたものではないように思います。そもそもスタート時点のマイアミの消印1948.1.13以外は全部捨て印(空押し)ですし、ちょっと普通ではないですね。巡回地を見ていくと当時の西側ばかり。ひょっとしてこれはアメリカ軍人またはOBの手によるものではないかと思いつきました。軍関係者なら民間航空会社を使わず軍用機で移動することができます。世界各国の米軍基地を巡るように押印して回ったのかもしれないと想像しています。右端には東京中央郵便局の1948.3.5の欧文櫛型印(金属印・C欄NIPPON表示)も見えます。これもクリックすると大きな画像が開きます。

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 最後に日本からの迷子郵便例を示します。これは意図したものではなく、完全に事故、ハプニングの類です。原因はどうあれ、さまざまなディスティネーションが見られる郵便消印の集りは郵趣家のマインドを刺激しますね。一生懸命解読してくれた記事も付いています。ぜひ読むだけでも追跡してみてください。

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March 28, 2012

白いポスト

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 古くからの収友、千葉県の若林正浩さんからバースデーカードをご恵送いただきました。3月23日が51回目の誕生日で、その日に第15回千葉切手展と千葉郵趣人の集いが開催されることに合わせて小型印が使用されたからです。貼付切手も詳しく見てみましょう。花シリーズのつばき10円切手は1961年(昭36)3月発行で私の誕生月、ふみの日41円2種は誕生日の23日を意味し、カモシカ8円と八郎潟干拓記念10円はともに干支の丑年にちなみ、なおかつ28回国体記念10円は小型印の図案に掛けていて、それで定形外料金120円ぴったりという離れ業です。これはちょっと想像を超えたすごさですね。
 カードは銚子電鉄を描く千葉版フォルムカードです。これには若干の説明が必要ですね。そこには犬吠埼灯台が描かれ、電車の行き先表示板には「銚子←→外川」の文言も見えます。実は銚子の町興しとして丸型郵便ポストの設置活動が行われています。2011年12月15日の銚子電鉄外川駅構内設置が第1弾で第2弾が観光地の犬吠埼灯台でした。銚子海上保安部に提案されたところ、保安部長さんから「白亜の犬吠埼灯台です。白いポストになりませんか?」と逆提案がなされ、白いポストが誕生することになりました。切手展と白いポストとは直接の関係はありませんが、切手展会場にパネル展示がなされ、紅白のポストも仲良く並んで展示されました。なかなか奥が深い!。
 フォルムカードはこんなメモリアルカードとしての活用法も、否それこそがふさわしいように思えます。みなさんもいかがですか?。

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(追記)
 第28回国体の切手には小さく犬吠埼灯台が描かれています。「第16回郵趣人の集い」小型印のデザインは、この国体切手と昭和26年頃銚子郵便局で使用された広告印「海は招く観光銚子」(犬吠埼灯台と波)です。また、「第15回千葉切手展」小型印のデザインは、銚子郵便局の最初の風景入り日付印(犬吠埼灯台と醤油ダルに松)とふるさと心の風景1集「小さな電車」(銚子電鉄)を描いています。

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March 25, 2012

最少8×4.5cm

2012032501 Facebookで可愛らしい絵封筒が話題になりました。こんな遊び心満載の封筒で届いたらすぐにお金を払っちゃう!なんてね(よく見ると請求書在中のハンコあり)。もちろん、これはれっきとしたメールアート。創ったのはイラストレーターのニシダシンヤさん。氏のホームページには楽しい絵封筒の数々が掲載されていますのでぜひご覧ください。(ここをクリック!

 Facebookではまた、こんなに自由に描いていいの?、実際に郵便で送ることができるの?という話題も出ました。デザイナーにしてフィラテリストたる私としては、ここははっきりお示しせねばなるまいと直感したのでした。
 答えはOKです。実際に郵便で差し出すことも可能です。わがHYPER Philatelistは郵趣ブログですからその直近の歴史からご説明したいと思います。今をさかのぼること28年前、1984年(昭59)4月1日に大きな規制緩和が行われたのが始まりです。(下の画像をクリックすると大きな画像がポップアップします)

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 当時の郵趣速報紙の当該記事を封筒表面に実際に印刷しているものです。詳しくはポップアップ画像をじっくり読んでいただくとして、要旨を簡単にまとめますと、封筒の場合、宛名記載部分を最少8×4.5cmさえ確保してあれば封筒の表面を自由に使えることになりました。それまで自由に使えたのは封筒の表面下部1/3と裏面だけでした。この封筒も8×4.5cmの宛名記載部分を確保してあるのでOKです。消印は和文機械印・柳井59.4.9。規制緩和直後の郵趣家便です。(現金封筒や航空書簡に類似したふちどりは従前通りダメです)
 なお、はがきもそれまでの表面下部1/2以内の規則は残りましたが、受取人の住所氏名郵便番号が明確に判別できるならばこの限りではないとの規定が加わったことで事実上の自由化となりました。(外国郵便はがきは従前通り1/2以下です)
 今でこそ全面印刷した家電量販店等差し出しの派手なDMが郵送されてきますけれど、元を辿ればこれがすべての始まりです。当時、そんな派手派手封筒を探しましたけれど、余りにも大幅な規制緩和だったせいで逆に怖じ気づいたのか、企業の方はなかなか適応できなかったように記憶しています。待っていても手に入らない、ならば自分たちで作ろう!となったのが下です。昔懐かしい明星の表紙を切り出し、二つに折って封筒に仕立ててあります。この眼差しだけでジャッキー・チェンだとわかった貴女はステキです!(笑)
 消印は櫛型印・柳井59.11.28。当時は半信半疑でばかばかしい気もしていましたが、いやいやどうして、やっぱり作っておいて正解だったと思い直しています。

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 「宛名記載欄最少サイズ8×4.5cm」どうかこれだけをしっかり丸暗記し遵守してください。そのうえで自由で楽しい絵封筒を描いて送り合って楽しんでください。
 なお、封筒の大きさや厚さ重さが極端に変わると、定形郵便物が定形外郵便物となって郵便料金が高くなります。大き過ぎるだけでなく小さ過ぎても定形外扱いになりますから注意が必要です。封筒を自作される方は日本郵便の「定形郵便物・定形外郵便物のサイズ・重さについて」を参照してください。

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February 14, 2012

フォルムカード第4弾 金子みすゞ(山口県)

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 2月13日(月)、フォルムカード第4弾の発売日ということで山口県版の「金子みすゞ」を買ってきました。前にも書きましたが、変形郵便物を収集してはいますが理由があってフォルムカードは収集対象にしていません。しかし、彼女はフォルムカードに登場した最初の実在女性だと教わったので、収友に取り次ぎを頼まれたついでに少々余分に買いました。
 宛名書き面を見ましたら図のように「*金子みすゞ著作権保存会承認済。」の一行が入っていました。死後50年を経過しているので著作権は消滅しているのですが、さまざまな理由により同保存会が権利関係を管理していることに自分は賛成です。著作権に関するテーマ収集をされている方はこの1枚は入手しておくべきでしょう。
 なお、第2弾の神奈川県版の袋に江の電の承認済シールが貼られていたことも既にご紹介済です。そちらも参照ください。
http://topofswan.tea-nifty.com/hyper_philatelist_annex/2010/10/2-1483.html

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September 10, 2011

ソノシート貼りはがき

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 相互リンクをお願いしています「あずましい風に吹かれて」ブログさんの2011年9月6日の記事にソノシートを裏面に貼り付けたはがきが取り上げられています。はがきの中央にターンテーブル用の穴が開いています。私も同類品を持っていて、穴が開いたはがきゆえに単に変形郵便物のファイルに格納していました。しかし、同ブログによると、当時は定形外ではなく例外的に第2種郵便物と認められていたことを教わることになりました(現在はダメです)。これぞ郵趣ネットワークのありがたさであります。さっそくトラックバックも送らせて頂くことにしましょう。
 自分の所持品は明治生命の社用年賀状です。明治生命ゆえに「明治101年」などと表示しているなど、ずいぶん自由なことをしています。右下に小さく33と1/3回転と印刷してあり、機会と機材に恵まれれば再生してみたいものです。正規に認められた仕様なのですから変形郵便物のカテゴリに入れておくのはもったいないことです。わずかながら音声の出るレコード切手がありますので、それの仲間ということで格納先を変更することにしました。
 消印は葛飾の和文印で44.1.2。貼付切手は7円旧金魚の発光切手です。郵趣家便ではないようですし、県境に近いのでたまたま発光切手を購入・使用したものでしょう。


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January 06, 2011

パソコン郵趣の黎明

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 今でこそ「パソコン郵趣」なる用語も一般化していますが,そもそもパーソナル・コンピュータが世に出る前の時代を映す郵趣アイテムは非常に少ないように感じます。今につながるパソコンのイメージの典型「モニター、キーボード,デスクトップ」の3要素を描いた切手を探してみると、確かに1980年代前半は少ないです。それもパソコンではなくオフコンや専用端末の類との違いが明確に描き分けられていなかったりします。それだけに未開地に踏み込むような収集体験が味わえるわけですが。
 郵便輸送に関しては1950〜60年代から世界各国で自動化の研究が進められていました。当時のコンセプトは機械化であって、必ずしもコンピュータの出番があったわけではありません。さりながら時代の必然もあり、いずれIT技術の導入も避けられなくなってきます。そんなアップルやウィンドウズが世に出る直前の時代、パソコン郵趣、コンピュータ郵趣の黎明期とも言える時代の実逓カバーをご覧に入れます。これも旧谷信勝コレクションの中にあったものです。
 リーダーズ・ダイジェストが差し出した窓付き封筒です。ただし、封筒そのものがパンチカード仕様になっているもので,表面(上図)に数カ所小さなパンチ穴が穿孔されています。裏面(下図)はもっと派手で、27個もの丸穴が開けられていますが、これは機能と言うよりデザインでそうしているのではないかと思います。数えたら表裏合わせて32個の穴+ひとつの宛名窓です。総じて「コンピュータで顧客管理しておりますよ」的イメージを印象づけるための装飾性を意図しているのではないかと。2ヶ月前に発行されたアメリカ初の郵便等級表示切手「A切手(コイル)」を使っているのも慎重に考慮されたものでしょう。イメージ戦略にかけてはRD社は徹底してると言いますかクドいと言いますか,独特の様式美を打ち出してきていますので、本カバーは意図がはっきり伺えていいですね。
 さて、これが実際に機能性をきちんと具備したものであったのか、当時のことをご存知の技術者の方がいらっしゃったら教えを乞いたいです。仕様によってIBMだとかHPだとか処理機の判別までできるようならベストなのですが。
(消印データ:RUTLAND,VT JUL 5 1978)

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April 20, 2009

ふくやま・切手バザール2009に行ってきました

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 予定通り早起きしてふくやま・切手バザール2009に行ってきました。高速料金1000円効果でどのSA、PAもけっこうなお客さんでした。自分も仕事ではないので片道3時間くらいかけてゆっくり行きました。
 福山支部のトヨタさんに事前に教えていただいていた福山駅南口地下駐車場に車を停め、歩いて数分のエム・シー福山ビル6Fの会場に直行です。福山支部はご存知A先生のお膝元で広島県東部の尾道、福山などいわゆる備後地方が主管エリアです。こちらもブースの出店も日本切手がメインで、外国切手メインの私にはちょっと手持ちぶたさではありましたが、それでも何かしら拾って楽しむ腕は持っているつもりです。SEVENのオノダさんとこで@10円均一の外国切手をいくつか買わせてもらったのを手始めに、ざっとブースを巡った成果が上図の小型印です。印影図だけでは何だかわかりませんね。押印台紙の切手展出品目録の全体図を下に掲げます。わかりますよね、小型印は「郵便と生活展記念」で目録は「生活と郵便展」となっていて催事名称自体があべこべです。単なる申し合せ事項の連絡ミスの可能性が最有力かとは思いますが、こういうワーディングの食い違いはおよそ徹底して嫌うメンタリティを持っているのが日本人たればこそ。ケアレスミスとはにわかには信じられません。日中友好と中日友好の違い、みたいな大人の事情でもあったのでしょうか。
 ともかく、雑品扱いされることが多い切手展関連アイテムも、よくよく注意して見れば面白い現象に当ることもありますよということです。
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 そしてまた、こんなすごい実逓封筒もGETできました。某福山支部員さんあての実逓封筒で消印は福山(H)9.3.19。差出しは同市内のブティックです。
 封筒に使える色彩は前世紀末頃から規制緩和の一途を辿っています。家電量販店さんのDMなどは真っ赤っかな封筒であることも珍しくなくなりました。それでも真っ黒というのは他に見た覚えがありません。そもそも郵便番号枠がこれでは機械読み取りが機能しないと思います。もちろん切手以外の部分に押された消印はまったく読めません。本便以外に平成5年の使用例も入手しましたし、このブティックは、おそらくファッション性優先で相当長期間にわたって黒封筒を使っていたようです。
 郵便番号も7桁になり、バーコード印字もすっかり当たり前になった現在、今も真っ黒封筒を使っているのかどうか、制度として当時も今も問題はないのか、そして私的には大ウケのこのアイテムが福山支部では話題になったのかどうかに興味がありますね。だって、漆黒の封筒にタキシードを着た幼き美空ひばり切手の貼り合わせが黒色揃いでカッコイイじゃないですか!。立派な変形郵便の一種だと思います。
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 正午過ぎ、早めに会場を後にして帰路につきました。福山SAでたまたま買った「おたんこ茄子」が想像以上の旨さで、これも今回の遠出の成果でした。(わさび漬け系はおおむね何でも大好物でして)
 次の週末はいよいよ東京・浅草のスタンプショウ2009です。その後もスタンプショウ=ヒロシマ09と郵趣イベントが続きます。高速料金1000円期間中はフルに利用して久しぶりに鹿児島にも行ってみようかなと本気で考え始めているところです。

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January 15, 2008

整理整頓

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 年末年始休みの時期からずっとコレクションの整理をしていました。昨年後半は本業が特に忙しかったので、入手したままデスクの上に置きっぱなしにした諸々がけっこうかさばっていました。それもおおよそ片付き、かつての1/10位のボリュームまで減らすことができました。
 もともと整理はそんなに苦手ではない方なので、手に入ったらなるべくその日のうちにデータ入力と収納ともに済ませてしまうようにしています。それでもどうしても忙しい時は手が回らないのはどなたも同じ。あと残った主要な未整理物件は、郵趣1月号に書きましたイイダバシくんからの斡旋品、ドイツ版ワールド・トピックス頒布会約50リーフ、同図案ミス切手コレクション集約30リーフです。これも今月中には整理を済ませたいものです。
 整理整頓が進んでくると、ようやくじっくり鑑賞する時間と気分の余裕ができてきます。上図のような変形郵便物も洋の東西を問わずに収集しています。これは旧チェコスロバキア・現スロバキアのバンスカ・ビストリカ市の観光絵はがきです。日本でも見られる円形はがきです。なにより貼ってある30h切手がいい。いかにもチェコスロバキア切手然としてて。でも、残念ながらこの形状は、はがきとは認められなかったようです。「T-60h」と青鉛筆で書き込みがあるように、60hの不足料金を追徴されています(注:アルファベットの「T」は料金不足を示す国際的な記号です)。60hの不足料切手がブラティスラバ局で貼り足され、結局、受取人が支払ったものでしょう。
 日本には不足料切手なる種類の切手自体がないのでピンとこないかもしれませんが、回り回って極東の一コレクターの手元に収まった時、この不足扱いがちょっぴり嬉しい余録となってくれています(1975年8月の使用例です)。

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