日本での発行実績がないせいか無額面切手の話をしても「何それ?」とぽかーんとされてしまいがちです。これは一度きちんと説明しておくべきと思いました。おおよその歴史を理解していただけるものと思います。
1.額面が無いとはどういうことか?
理由は大きく分けて2つあります。ひとつはインフレなど極端な経済の混乱で郵便料金の変動が激しく、定額の額面を表示したくてもできない場合です。これは第2次世界大戦直後のハンガリーや中国、ソ連崩壊後の旧東欧共産圏などで発生しました。図はそのハンガリーの例(1945-46)で、”国内はがき用”などと加刷されています。いずれも台切手の額面は無効です。
懇意の切手商さんが「安いものだけど種類を揃えるのは大変だよ。15種セットで600円でいいよ」との口上に釣られて購入したものです。確かにバラならよく見かけますが、一種ずつ自力で揃えるのは面倒です。

ふたつ目の理由は額面を表示する必要がない場合です。用途が限られていて他の転用が考えにくい場合がそれに当たります。一般的ではないけれど話題になりそうなアイテムを3点ご紹介します。
[左:切手発行125年/トリニダード・トバコ (1972)]
世界最初の船切手「レディ・マクラウド号」を再現した”切手の切手”です。同号のオーナーが自分の持ち船で郵便物を運ぶために発行した私的切手です。このような背景から正式な郵便切手とは言い難いものの、長年の習慣でトリニダートの一番切手として認知されています。
切手にはレディ・マクラウド号とその頭文字”LMcL”が装飾文字風に描かれているのみで額面はありません。当時は1枚5cで販売されていました。
[中:非常用切手/デンマーク(1963)]
1962年10月15日から13日間続いたキューバ危機で東西の緊張が高まったことを契機にデンマークが極秘に作った切手。約30年間にわたって国内の戦略拠点で保管されていましたが、東西冷戦の終結が確実となった1991年に回収・破棄が決定しました。その一部がデンマーク郵趣連合を通じて限定販売されたおかげで自分も入手することができました。
[右:普通切手/モナコ (2000)]
国名のMONACOの文字と紋章以外の表示が一切なく、ある意味完璧な”無額面”です。第1地帯あて20gまでの封書に使えましたが、かくもストイックなまでに素っ気ないと、もはや切手と思えず困ったのではないかと思ってしまいます。そこは人口小国ならではのメリットで対応できたのかもしれません。
2.無額面の代表例”軍事切手”
各国の軍事郵便規則に則り、月に3枚等と戦場の兵士に無償配布された軍事切手こそ最もポピュラーな無額面切手です。無償なのでそもそも額面を表示する必要がありません。郵便差出許可シールとでも言うべきもので、これも郵便切手を「郵便料金前納証紙」と定義するならば、厳密には郵便切手とは言えないのですが、これも長年の習慣で認知されています。
せっかくなのでちょっと捻ってベトナムの軍事切手の実逓使用例を3通ご覧に入れます。いずれもここ50年以内のものなので、そんなに遠い昔の話ではありません。
3.世界的な転機となったアメリカのクリスマス切手

1975年は私が切手収集を始めたまさにその年だったので強烈な印象があります。アメリカ議会の承認が長引き、郵便料金値上げに合わせた発行が間に合わないことから、10月14日に無額面のまま2種のクリスマス切手が発行されました。売価はいずれも10c。
当時は誰も思いつかないような奇策として受け止められました。しかし、いざ発行してみるとほとんど混乱は起きなかったため、味をしめたアメリカはもちろんのこと、世界的に無額面切手が発行されるトリガーとなりました。
なお、本券はアメリカ国内専用のはずでしたがそんな縛りを律儀に守るようなお国柄ではありませんね。ただの10c切手として外国郵便にも使われています。図は日本あての未納不足はがきです。本来なら切手は無効のはずなのに10セント分は有効で不足分の8c相当の11円だけが日本で徴収されています。
4.A切手の発行
再び議会承認が間に合わない事態が発生した1978年のアメリカ、Aとだけ表示した切手を発行しました。Aというアルファベット自体には意味はなく1枚15cで販売されました。1975年のクリスマス切手からわずか3年後、普通シート以外にコイル切手も切手帳も発行するという積極さでした。ここでもトラブルがなかったため、郵便料金値上げのたびにB, C, D・・・とアルファベット表示だけの無額面切手の発行が続くことになりました。
これらもアメリカ国内専用のはずでしたが、案の定、国際郵便にもバンバン使われています。図は1996年に自分あてに届いたC切手9枚貼りの航空便です。
5.F切手および加貼用無額面切手の発行

アメリカのアルファベット切手はその後もE, Fと続きました。図は当時の郵趣サービス社さんのワールド・トピックス頒布会リーフです。1991年のF切手 (29cに相当) の際、料金補助の加貼用切手も同時発行されました。「25c切手と併用すればF切手の額面に相当する」とあるので、実質4c切手ということになります。
つまり、アルファベット表示の無額面切手は今で言う永久保証切手ではなかったのです。唯一この点が使い勝手が悪かったのか、1998年のH切手で幕引きとなりました。
6.世界に広がる郵便等級・種別・記号表示の無額面切手
今世紀に入ってからは世界各国で積極的・肯定的に郵便等級・種別・記号表示のみの無額面切手が発行され始めます。国や地域によって様々ですので代表的なものを4点ご覧いただきます。向かって左からの順です。

[普通切手/ジブラルタル (2003)]
印面左下にUK expressと表示。イギリスあて速達用切手という意味。
[自然保護/オーランド (2008)]
印面左にINDIKESと表示。これは国内用=本国フィンランドあてを意味しています。この他にEUROPE (欧州用)、VARIDEN (欧州以外の外国用) があります。
[普通切手/チェコ (2010)]
印面右上にAと表示。国内書状50gまで10kに相当。題材は同国のコミック「四つ葉のクローバー」のキャラクターFifinka (フィフィンカ)。
[自動化切手/ベルギー (2007)]
① (丸数字に1) はEU域内あてで€0.52に相当。ベルギーはそれ以外にも丸数字に2 ②、同3 ③、同5 ⑤、同7 ⑦などを発行。ここまで記号化されるとちょっとやりすぎのようにも思えます。
7.デザイン上のメリット
無額面切手が受け入れられた理由は実務上の使い勝手の良さだけではないと私は考えます。大きな額面数字を省いたことでデザイン上の自由度が格段に広がりました。 
上は南アフリカが発行した1997年用クリスマス切手です。印面下部にSTANDARD POSTAGE (基本料金用) と統一された表示フォーマットでまとめ、主題は過去の複十字シールをずらり並べています。
下はフランスが2011年に発行した当時の現行普通切手「ボジャールのマリアンヌ」7種を収めた連刷シートです。印面左下に郵便物のグラム数が表示されています。詳しくは郵趣誌2011年10月号P.52を参照ください。
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