郵趣文献

June 14, 2024

郵便九十九科年表

 行徳国宏さんから新刊書のご案内をいただきましたので謹んでご案内申し上げます。HYPER Philatelistブログで見た、あるいは椙山哲太郎の紹介で、と併記してお申し込みいただければたいへん幸せます。

 なお、発行部数が限られているため、まず最初に在庫の有無を確認してください。折り返しご返事がありますから送金はそれからにしてください。著者の行徳さんからの強いご希望ですのでご配慮をよろしくお願い致します。

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May 25, 2024

「郵趣やまぐち」第5号抜粋

  第5号は昭和25年8月10日発行です。創刊号時点から不定期刊行と謳ってはいましたが、第4号からほぼ1年間のブランクはさすがに長すぎたと編集者サイドも自覚があったようで、遅延をお詫びする文言があります。しかし、その一年間に吉武信夫編集人のガリ版切りの技術が飛躍的に向上していることが容易に見て取れます。文字が整っているせいで大変読みやすくなりました。また、表紙と裏表紙だけですが赤と黒の2色刷りになったのもこの5号からです。

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▼郵趣コンクール私見(山下武夫)
 今に続く全日本切手展(全日展)の第1回目「全日本切手コンクール」の参観記が目を引きます。やはり始まりの第1回目の記録は重要です。
 当時は開催コンセプトがはっきりしておらず、本格的な学究的競争展なのか、それとも一般人でも見て楽しめる今のSTAMP-SHOW的な展覧会なのか、根本的な部分が未分化であったがゆえの混乱があったと理解しました。参観者による人気投票を提案するなど、山下氏といえどもちょっとどうかな?と思わざるを得ない主張をされています。
 また、当時はリーフ形式ではなく、大きな一枚の台紙に切手を貼り並べるという極めてプリミティブな展示方法であったことも理解しなくてはならないと思います。
 なお、文中にある「全日本郵趣コンクール」は「全日本切手コンクール」の間違い、朝日新聞社の主催という記述も毎日新聞社主催の間違いです。このあたりの不正確さは要注意です。ついでながら私が調べた限りでは「全日本切手展」という名称は1953年 (昭28) の第4回から使用されたようです。

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▼誌上郵趣人点描
 戦後の山口県の郵趣シーンを牽引した藤本敏一(ふじもと・としいち)氏の紹介コラムです。ただの提灯記事ではなく、戦前最大の国際交換グループであったアメリカのU.S.C.E.の東洋副支部長であったことが明記されています。以前にご紹介した氏差出の実逓便の裏書きの意味がわかりました。

参照:郵趣家は死んで郵趣品を残す(1)

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▼切手展スクラップ
 昭和25年前半に山口県で開催された切手展の記録です。県下に10に及ぶ郵趣会が結成されていたことも記されています。地味な内容ですが、こうした活動記録はたいへん重要だと思います。

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▼裏表紙(広告・奥付)
 著名な山口県郵趣人の名刺広告が並んでいます。往時の郵趣シーンを知る上で、こうした広告ページもあなどれません。かつて山口市にあった百貨店「ちまきや」にも切手コーナーがあり「八木 (やぎ) 切手部」と称していたとも。

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 このたび入手したのはこの第5号で最後です。山口県立山口図書館で確認しましたところ、郵趣やまぐち誌自体の蔵書がなく、6号以降も発行が継続されていたのかどうかも不明です。2世代どころか3世代以上昔のことです。古い郵趣家の許に残っていることを期待して止みません。

 

 

 

 

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May 24, 2024

「郵趣やまぐち」第4号

  第4号は昭和24年8月5日発行です。巻頭記事のLetter from YAMAGUCHIで赤木実氏が「山口縣郵趣連合」の結成提唱をされている以外、特筆すべきコンテンツはありません。第4号にして早くも”スペースを埋めるため、それだけが目的のとりとめもない散文”ばかりになっています。当時の郵趣レベルの限界でしょう。記録のために表紙画像のみアップロードしておきます。

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May 20, 2024

「郵趣やまぐち」第3号抜粋 (2)

▼サビエル日本到着400年(失敗キャンペーン)
 表題の記念切手発行を希望する記事が、図版の巻頭記事のみならず他に2人の計3人 (カ所) も載っていました。この熱心さには違和感を覚えました。昭和24年当時のことですから今とは違い、サビエルがスペインの植民地政策の尖兵だったことはまったく認識されていませんでした。にしても持ち上げ過ぎです。私はここに ”勘違い民主主義” の胡散臭さを感じます。

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 戦前とは違い一般民衆も団結して要求を出せば国家機関をも動かすことができる・・・といった左翼かぶれの幼稚な民主主義の幻想が透けて見えます。記念切手の発行要望は民間がいくら騒いでも所詮蚊帳の外、は今も昔も同じ。否、昔の方がはるかに厳しかった。自治体や業界団体などが積極的に前面に出てこないことには何ひとつものごとは進みません。山口県民でありながら、そのいちばん肝心な ”政治力” をなぜ最優先に考え、かつ最大限に行使しなかったのでしょうか。

 「郵趣やまぐち」第2号抜粋で取り上げた吉田松陰先生顕彰切手以前にも、「教育復興運動」記念切手発行を働きかけた谷信勝氏の活動が今に伝えられています。しかし、切手の発行は当時の郵政省の専任事項であり、何の権威もない個人・団体が正規のルートを無視して騒ぎ立てるのはさぞかし邪魔で煩わしかったことでしょう。官僚・役人にはプライドがあるのですから、メンツが立つようにうまく立ち回るべきでした。

 改めて述べるまでもなくこの運動は成就しませんでした。経緯は存じませんが鹿児島では記念小型印の使用が認められたものの (実印影を見たことがあります)、山口県では完全な空振りに終わりました。また、スペインではサビエル生誕地のパンプローナ郵趣会が記念カバーを作成しています。その紹介記事もかつて当ブログに掲載しました。郷土の大先輩郵趣家のお歴々にはたいへん失礼ながら、やり口が甘ちゃん過ぎました。

 なお、誌面では ”ザビリヨ” と表記してありました。現在は ”ザビエル” が一般的ですが、我が山口市では ”サビエル” と読み書きします。

 

 

 

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郵趣やまぐち」第3号抜粋 (1)

 第3号 (昭和24年1月1日発行) 最大のトピックは著名郵趣家の山下武夫氏が山口県出身者であることを自ら語られている寄稿文です。これまで、そうではないかと噂話では聞いていたものの、その明確な証拠を目にしたことはありませんでした。
 さらに木村梅次郎が毛利家に仕えていた家系であったことも驚きです。しかも木村梅次郎と大柴峯吉が仲が悪かったことは有名で、山下氏もそれに巻き込まれていたとは想像をはるかに超えるお話でした。後年のため、かなりの長文ながら全文文字起こしをしました。

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▼山口県と郵趣家(山下武夫)
新年号ですね。  肩の凝らない話しにしましょう。思い出話もどうかと思うのですが、会員の皆さんが山口県の方ばかりだし、それに皆さんがほとんど初歩の方ばかりのようにうかがっていますから、やはり思い出話をさせていたゞきます。実は、とくに編集の方から御希望のあった課題についてもいろいろ想をねって見たのです。いや「初心郵趣家に贈る」というのを書き上げても見たのですが、読み返して見たらどうもきざっぽくてとてもさし上げられない。それにぜひ山口県の郵趣家について、思い出話をして見たくなったからです。  といふのは、もう長く山口県を离れていますが、私も山口県の出身だからです。熊毛郡平生町の産です。ここにはまだ老父母がいます。満州から一昨年引き上げて来たときも一とまず身を落ち付けたところはここです。  私の中学はあの最近まで郵便局で売っていた一円五十銭切手の図案になっている錦帯橋のあるあの岩国です。  そのころといっても関東大震災のあった大正十二年前ですが、そのころ、現在の切手文化会の吉田一郎さんが、御本職の英習字の方で、全国的に青少年学生層にファンを持っていられた。「京寸」の武田さんもその英習字ファンの方の一流人で、私たちのせんぼうのまとであったものである。私の中学にも何人かのファンがいて、吉田さんがその機関誌「英習字研究」を通じて切手趣味の宣伝を始められると、全国の英習字ファンの中には、にわかに小郵趣家が出来た。かくして私の中学にも数人の小郵趣家が出来、私もそのひとりになって熱を上げだした。もっとも私には親ゆずりの収集癖があって、父は名士の筆跡をさかんに集めてゐた。そしてその目録をわざわざ印刷させて知人間に配布したりする程の凝り方であった。それで、秩序立って集めたものではなかったが、古切手も封筒からはがしただけのものが手箱に一ぱいたまっていたので、中学生のお小使いで間に合わないところは、この手箱の古切手を持ち出して、第一次世界大戦の後、各国がきそって発行し出した、美しくて安い新切手の未使用をさかんに集め始めた。なお切手を集めるだけでは我慢が出来なくなって、田中武雄君という、政治家と同じ名前の一年下の郵趣家といっしょに、とうしゃ版刷りのチャチャな郵趣雑誌を出し出した。 この雑誌の名前には「蒐集趣味」といった文字が入っていたような気がするが、何といっていたかはっきりおぼえていない。むろんそんなものを今までかかえこんでいる人もなかろう。もし物持ちのよい郵趣家でも持っていられたら見せてもらいたいものである。この雑誌も御多聞にもれず、三号まで出たかしら。 この田中君は、その後東大の工科を出て海軍の兵隊になった。私の弟も九大の工科を出て海軍の兵隊になったので、田中君に世話になったそうであるが、終戦後の現在どうしていられるかしら。いっしょに郵趣雑誌を出したときは、君の方が私より兄貴格だったが、その後郵趣は断念されたものか、郵趣界ではお名前を聞かなかった。その外の当時の仲間もみんなその後、郵趣界で名前を聞くようにはならなかった。そのころは郵趣の方の仲間ではなかったが、現在大阪にその人ありと聞こえてゐる森 宗理兵さんは、同じ岩中でしかも同級生だった人。一度きゆかつをしよしたい (椙山注:久闊を叙したい) と思っていながらまだその機会を得ないでいる。
 私が震災の翌年東京に移ってから当時若輩ながら東都の一流郵趣人と交際するようになってますます熱を上げ、その後学業をおえ逓信省に奉職して、だんだん郵趣と遠ざかるようになるまでの七八年間に交際した山口県の郵趣家には、山口在住の西重尊義さんと井上侃司さん、萩出身で神戸にいられた赤木秀一さんがある。  西重さんは手紙の上では長くおつきあいしたが、ついにお目にかヽる機会がなかった。お手紙の上から察すると、当時すでに相当なお年だったように想像された。ご職業は井上さんは当時高等学校の生徒で、のちに東大には入って同じ東京に住むようになったので、趣味の友としてだけでなく、私的にも非常に親しく交際するようになって、私の病気のときなど親身にも及ばぬようなお世話になったものであるが、渡満してから文通も途絶えてしまった。井上さんはその後朝鮮に渡られていたようであったが現在はどうしていられるかしら。なつかしい友だちのひとりである。井上さんの名前は皆さんも古い「切手趣味」など、ひもどかれたら、随処に見出されるであろう。  井上さんは私よりちょっと年下だったが、赤木さんは私よりちょっと年上だった。当時お年寄りの多かった郵趣界で、この御両人とは、くにも同じなら、年配も話の合ふ年ごろだったので特に親しくした。赤木さんは当時神戸で蒲原抱水さんが発行していた、現在の「京寸」の兄貴分見たいな収集趣味雑誌「交蒐」の編集を助けていられただけでなく郵趣人としてもさかんに活躍されていたから当時の郵趣家間には知られたお名前だったが、惜しいことに早く他界された。現在しばしばお名前をうかがう赤木実さんとは何か御関係がおありなのか知ら。
 もう一つ逸すべからざる名前に、明治・大正・昭和の初期にかけての日本の郵趣界に君臨していた郵樂会の初代会長木村梅次郎氏がある。  といっても若い方には郵樂会の名前も木村さんの名前も、御存知ない方が多かろうが、郵樂会は大正の初め創立され、昭和五年まで続いた我が国の最も権威あった郵趣団体で、木村さんはその会長を勤められていた立派な郵趣家であった。 この木村さんは東京生れだったが氏の父祖代々が毛利家に任えられていたということであるから、氏は一応山口県ゆかりの郵趣家ということになる。 そんな点でも親しまれて、私は氏のお宅にもときおりうかがひ郵樂会にも早くから入っていたものであったが大柴峯吉氏の郵便切手社のお手伝いをするようになって、すっかりおかんむりをまげられ、それきりおつきあいも絶えてしまった。
 こんな郵趣界の大御所ゆかりの地でありながら、当時の山口県出身の郵趣家には、上述の方以外に思い出す名前がない。そして山口県には本会の出来るまで郵趣団体が存在しなかったことはどうしたことであろうか。
 本誌創刊号に御寄稿の柘植さんとは、面識も文通もしたこともないが、お名前はよく存じ上げている。交際がないくらいであるから、山口県の御出身とも知らなかったが、氏も大分お古い郵趣家のようにお見受けする。
 「郵趣人国記・山口の巻」のつもりか身辺雑記に毛のはえた程度になってしまって、お読みづらかったことと思い、恐縮しています。最后におことわり、私は案外の筆ぶしょうで、なかなか御返事を書きませんから、特別の御用でないかぎり、なるべくお手紙は下さらないように願います。失礼するといけませんから。(おわり)
ーーー 昭和二三・一一・一◯ 稿 ーーー

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「郵趣やまぐち」第2号抜粋

 創刊号に引き続き第2号をご紹介します (昭和23年11月13日発行) 。ただし、創刊号のような全ページスキャンは致しませず、現在にも通ずるようなコンテンツを抜粋してご覧いただきます。その理由は、残念ながら今となっては古本的価値しかないもの、一個人の偏屈に過ぎた雑文の方が多いからです。さらに経年劣化が激しく、明度を上げるなど画像加工しないと判読が非常に困難であることも抜粋掲載の理由のひとつです。今回ご紹介します記事もそのような画像加工をしていることをあらかじめお断りしておきます。

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▼松蔭先生を切手図案に(藤本敏一)
 内藤陽介さんのご著書「解説・戦後記念切手II ビードロ・洒落の時代」P.254〜258にも「松陰100年祭PTA大会/1959 (昭34) 年10月27日発行」の発行に至るまでの詳細が記録されています。
 藤本の寄稿文冒頭に”日本出版協会が日本文化史上に不朽の足跡を印した文化人先覚の肖像を郵便切手の図案とすることを建議したといふことである”と記されていること、郵趣やまぐち第2号の発行日が1948 (昭23) 年11月13日であること等を考慮すると、おそらくこれが吉田松陰先生顕彰切手の発行運動 (意見表明) の最初ではないかと思われます。
 しかし、残念ながらこの時の発行運動は実現せず、文化人切手の候補者65人の中に松陰先生のお名前が挙ることはありませんでした。

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 ”一九五八年(昭和三十三)、この運動はふたたび脚光を浴びることになります。というのも、翌一九五九年(昭和三十四)の松陰百年祭にあわせた各種の記念行事の一環として、松陰切手を発行してほしいとの機運が強まったためです。その背景には、松陰百年祭という格好の機会をとらえて、今度こそ、松陰切手の発行を実現したいと考えていた藤本の執念がありました。
 藤本は一九五八年、松陰百年祭のことが話題になり始めるや、ただちに、山口郵便局が発行している『山口郵便』に松陰切手の発行を提唱する一文を寄稿。その掲載誌を東京在住の山口県人に送り、切手発行の実現に向けて支援を要請。(後略)”・・・内藤本P.254より抜粋

 上記の文章を目にし、せっかくなので昭和33年の動きについても一次資料に当たってきました。
 まず、”山口郵便局が発行している『山口郵便』”は正確ではなく、正しくは『山口県郵便局ニュース』です。同紙は1952 (昭和27) 年3月1日に「山口郵便局ニュース」として創刊され、1957 (昭和32) 年1月1日発行の第59号から「山口県郵便局ニュース」に改題されました。当時の山口郵便局が発行していた無料配布の広報新聞です。各都道府県単位で同様の広報誌が発行されていたようで、福岡県郵便局ニュースも見たことがあります。

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 松陰100年祭PTA大会の発行ニュースが掲載されたのは図版の通り1959 (昭和34) 年10月6日発行の第92号です。そこから遡り1958年までのすべてを見直しましたが藤本の寄稿文は見当たりませんでした。その間の欠号はありません。さらに1957年まで見たのですがやはり見当たりませんでしたので、掲載されたのは別媒体ではないかと思います。
 藤本の行動の是非はさておき、郷土の大先輩郵趣家の事績を発掘し正しく伝えていくため、今後もリサーチを続けたいと思います。

 

 

 

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May 18, 2024

「郵趣やまぐち」創刊号の発見(後)

※「郵趣やまぐち」創刊号の発見(前)から続きます。

▼ P.9 外国文通交換について 吉武信夫
当時の文通・交換についての実践的な紹介記事。筆者自身の体験談が面白い。いわく進駐軍のG.I.の中の切手収集家を見つけ彼の弟と文通している。戦前の世界最大の国際交換会USCEについてなど。

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▼ P.10 外国文通交換について 吉武信夫
国際文通・交換用の英文のひな形。国際文通は現在で言えばインターネットのようなもので、当時としては最先端で先取的なかっこいいイメージであったのだろう。何とも初々しい限り。

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▼ P.11 外国文通交換について 吉武信夫。動物切手随感 中村広光。
動物切手随感はいわゆる動物のトピカル切手図案解説。ガリ版で切手を模してはいるがいかんせん無理がある。会報担当者の涙ぐましさが印象に残る。

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▼ P.12 動物切手随感 中村広光。近く新普通切手発行さる!!
数字切手、産業シリーズ、二円新葉書の発行速報か。

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▼ P.13 そよかぜをさえぎることば 編集子。「切手文化」誌「スタンプコレクター」誌に復帰!!
編集子のとりとめもない文章。内容がないのにスペースを取り過ぎ(笑)。下段のコラムは、切手文化誌が経済的に成り立たずスタンプコレクター誌に吸収されたという内容。”復帰”という言葉遣いは遠慮しているのか?

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▼ P.14 アメリカ記念切手一覧表 1942↔︎1948
表紙の目次には”ざっこう” (雑考か?) とあるが、実際はカタログがわりの価格一覧表。

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▼ P.15 山口郵趣会会則。編集後記。
山口郵便局に事務所を置くなど、全国各地で結成された”官製郵趣会”の定番スタイルが踏襲されていることがわかる。新発行記念切手を確実に売り捌きたい郵政側と、確実に入手したい収集家双方の利害関係の産物。なお、このページのみノンブル(ページ数表記)がない。

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▼ P.16 私たちの舟・・・広告欄
誌面の上半分を驛鈴社の文献広告が占めている。本当に広告料が得られたのだろうか?。昭和23年7月31日発行、吉武信夫編集・印刷等の奥付。会員限定の配布だったのか非売品との表記あり。なお、吉武氏の当時の住所「防府市牟礼今宿」と明記されている。JPS防府支部を引き継いだのも何かのご縁だろうか。

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<参照記事>
郵趣家は死んで郵趣品を残す(1)
郵趣家は死んで郵趣品を残す(2)

 

 

 

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「郵趣やまぐち」創刊号の発見(前)

 山口市史にも採録されている山口郵趣会の会報「郵趣やまぐち」創刊号 (昭和23年7月31日発行) から5号 (昭和25年8月10日発行) まで一式を毛利康武さんからご寄贈頂きました。いつもありがとうございます。保存状態の経年劣化が激しいため、取り急ぎ創刊号を電子化しました。今回はその全16ページをご覧いただきます。

 「山口郵便局ニュース」(郵政省の県別広報紙、昭和27年3月1日創刊) にも同会の主要メンバーが登場していますが、実際の郵趣会活動は、現在ではほとんど忘れ去られています。このたびの会報の発見により往時の活動状況の解明が期待されます。
 ざっと目を通して見たところ、今となっては大半は古本的価値しかありませんが、キラリと光る貴重な記事もありました。具体的には著名郵趣家の山下武夫氏が山口県出身者 (熊毛郡平生町) であることをご自身が明記されていたことです (第3号P.5)。これまでは噂話では聞いていたものの明確な根拠記録は未見でした。
 その他、戦後直後から山口県の郵趣シーンを牽引された藤本敏一 (ふじもと・としいち/小郡町) 、吉武信夫 (よしたけ・のぶお/防府市) など各氏のお名前がある点も見逃せません。

▼ P.1 表紙、目次

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▼ P.2 創刊に寄せて 会長 永久鉃哉。記念スタンプ二つ。
不定期刊行、昭和23年7月 第1巻第1号の表記あり。なお、会長のお名前の漢字は鉄ではなく「鉃」。記念スタンプは全国安全週間と健康保険法十周年の押印用空欄と簡単な説明文。

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▼ P.3 郵趣会と備え附け図書 山下武夫
最小限必要な郵趣図書を紹介。スコットカタログの1948年版が欲しいところではあるが・・・とこの当時は入手困難であることが記されている。

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▼ P.4 郵趣会と備え附け図書 山下武夫
最小限必要な郵趣図書を紹介。有名どころでは郵趣、切手文化、切手の友、消印とエンタイヤ、通信文化新報などの名前が挙げられている。

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▼ P.5 現在の日本切手界に感ず H・C生。郵趣回顧 小倉直方。
昔はよくあった”郵趣家の上から目線”なとりとめもない文章。「郵趣回顧」もまた然りで個人的な昔話 (思い出話) に過ぎない。いずれも現在に通ずるような内容ではない。

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▼ P.6 郵趣回顧 小倉直方。米国新切手紹介。
米国新切手紹介は、アメリカの1948年の新切手発行予定。現地郵趣雑誌からの転載。

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▼ P.7 郵趣人として逓信当事者に望む 柘植宗澄
山口県にも郵趣会が結成されたことを祝う前文。それに続く本文は、郵便法規に疎い局員が多く、それによるトラブルの実例が列記されている。これは現在にも通じる話で興味深い。

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▼ P.8 郵趣寸言 山田駿太郎
山口県に新しい郵趣団体が誕生したことに対する著名郵趣家の山田駿太郎氏 (青森郵燈会) からの祝辞。本文は郵趣会として本来あるべき姿についてなど。これも現在に通じる熱意のこもった内容。

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※「郵趣やまぐち」創刊号の発見(後)に続きます。

 

 

 

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December 02, 2023

唯一無二のキューバのクリスマス切手

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 畏友・木村正裕さんから新刊書「絵葉書と切手で知るクリスマスの世界」をご恵送いただきました。いつもありがとうございます。その発刊記念に変り種のクリスマス切手をご紹介したいと思います。

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 キューバ革命が成った翌1960年から、突如一風変わったシート構成のクリスマス切手 (現地ではNAVIDAD) が発行されました。4種田型の他に単片1種とタブ付きという唯一無二のセット内容です。図の1965年用くらいまでけっこう高いカタログ評価が付けられています。ちなみに本券の現在の相場は完セットで$25.00、日本円で3,669円もします。
 印刷の感じからおそらくハンガリーあたりに製造してもらったものだろうと想像しています。しかし、社会主義国家の常で、どうしてこのようなシート構成になったのか、高め相場の理由など、詳細はよくわかりません。ネットで拾ってきた1966年のフルシート画像を添えておきます。こういうシート構成なのかと納得していただけると思います。

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 著者の木村正裕さんとは全く同じ1961年 (昭36) 生まれの同学年。それだけでなく同じく故石川昭二郎さんの門下生で、昔からの仲良しでもあります。このことは当人どうし以外、ほとんど知られていないと思います。そのよしみでどうぞお買い求めください。

絵葉書と切手で知るクリスマスの世界

 

 

 

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November 20, 2023

日本万国博切手資料集

 著者の石田徹さんからお送りいただきました。さして大したお手伝いもできませんでしたのに、まえがきで名前まで記して頂きまことにまことに恐縮です。

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▲表紙と代表的な1ページを著者の許可を得てお示しします。
三波春夫さんの直筆サイン入りホルダーには息を呑みました。
夢のような逸品です。これを拝むことができただけでも眼福です。

 本書の特徴はその構成にあります。基本分類は出展国、非参加、疑国、開催国の4つ。いわゆるアラブ土侯国を特別視することなくフラットな扱いをされていることに好印象を受けました。私自身、アラブ土侯国を何が何でも否定しようという、かつてのヒステリックとも思える排斥の空気を疎ましく感じていたからです。限定的なものではありますが、実逓郵便物も存在していますから「郵便に使えない=切手ではない」の論理が破綻していること、そもそも否定の先入観があまりにも強く、とても知性のある合理的な対応ではないと苦々しく感じていたものです。
 むしろ、ダバール、ナガランド、サンダなどのほぼアウトな国もどきを『疑国』(ぎこく)という新しい分類を立てて取り込んでおられる姿勢に考察の冴えを強く感じます。いずれの日にか改版を重ねてより充実されていくであろう可能性の手応えを感じました。

 以前から常々申し上げている通り、インターネットもまだない1970年代(切手製造時期はさらにその前の1960年代のはず)であるのに、おしなべて間違い図案がほとんどないことは”素晴らしい”を通り越して”誰がここまで正しい考証を行ったのか?”という驚きと疑問の方を強く感じています。これには著者も同じような印象を受けておられるらしく、次のような言葉を記されています。

『日本国内からのデザイン参加において、海外からの日本イメージに70 年代当時の先入観が最低限に抑えられた事やデザイン上のミスも抑えられた事がある。その為50 年以上を経過した当時の万博切手制作事情について、そろそろ詳細な記録が残されても良いのではないだろうか。』

 頒布申し込みについては、下記メールアドレスに、住所、氏名を明記のうえご連絡されると先に発送していただけます。代金は2,500円+送料370円(レターパックライト)の計2,870円後払いとなります。

石田 徹 t-ishida@serenade.plala.or.jp

 各自購入されるだけにとどまらず、お住まいの地域の公立図書館で新刊リクエストをされることも強くお勧めします。あの時代をともに生きた同世代の仲間たちもきっと手にとってくれるでしょうから。

(付記)
 ちなみに日本万博があった年、私は小学4年生でした。学習雑誌などで目にした『太陽の塔』に衝撃を受けた子供のひとりです。雷に撃たれたような・・・とはまさにこのこと。
 後にアート・デザイン業界に進むことなったのも岡本太郎先生のおかげです。私と同世代のアーティスト・デザイナーがことごとく岡本先生への尊敬心を抱き続けているのは、その衝撃の原体験『芸術は爆発だ!』が刻み込まれているからです。

 

 

 

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