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July 01, 2018

郵便番号制度50年

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 郵趣誌やサイトで既にさまざま特集が組まれているように、今日7月1日(日)で日本の郵便番号制度が50年を迎えます。高度経済成長を背景に激増する郵便物をいかにして効率的に捌くか、その解決策の大きな柱でした。導入まで3ヶ月を切った昭和43年の切手趣味週間では、郵便番号宣伝のマッチまで配られ、それをカシェがわりに貼り付けた初日カバーをご覧いただきます。すっかり時代が変わってしまいました。
 折しも郵政博物館ではこの週末の土日に「郵便番号導入50周年展」を開催中です。本日7月1日の17:30までですので、都心の方なら今からでも間に合います。記念小型印も使われています。ぜひ足をお運びください。

郵便番号導入50周年展

2018070102 郵便番号制度は急に始まったわけではありません。その前段階として、配達局名記載の勧奨運動というのがありました。古くは明治時代からあったのですが、当時は全くと言ってよいほど普及しませんでした。本格的な運動が展開されたのは戦後、昭和24年12月頃からです。
 例えば私の住所も、地理に疎い県外の方が一見すると山口中央郵便局の管内かと思われるでしょうが、実際は小郡郵便局です。お隣の山口市鋳銭司の一部地域はなんと防府郵便局が担当されています。このように行政区分と郵便区分とが必ずしも一致しない例は少なくないため、できるだけ配達局名を書いてくださいという運動です。
 図のように一部の郵便局は「〇〇局区内」のハンコを用意し、窓口販売時にお客さんの了解を得てはがきに押して渡すようにしていました。自営業や小売店の中には自前でこのハンコを作って使ってもいたようです。図のはがきには岩国局の昭24.4.8の消印が押されています。

 さらに1999年(平11)、鹿児島在住の郵趣家Yさんが「郵便配達局名便覧」という小冊子を鹿児島県立図書館で発見されました。配達局名記載勧奨運動最初期にあたる昭24.3.15付です。発行元は鹿児島郵便局で、その掲載範囲は鹿児島県内のみ。今でも鹿児島県民は鹿児島だけが日本かのような生活・経済観(=国家観)を持っていますので、昭和24年ならばこれだけで十分だったであろうことは容易に想像できます。郵便番号制度50年に合わせてほぼ全ページをご覧いただきます。

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[余談追記]
 五十銭稲束はがきに第1次新昭和一円五十銭錦帯橋切手を加貼した図版のはがき、錦帯橋切手のご当地消印でもあるわけですが、裏面を見るとさらに興味深い通信であったことがわかります。戦後の配給制度がまだ残存していた時期のもので、これには麦酒(ビール)を男女一人に対して一本の家庭用配給があるとの予告通知です。4月15,16日の両日に岩国税務署に予約券を提出しに来るようにとの内容です。ところがビールの配給はこの直後に廃止され、昭和24年5月6日から自由販売になりました。なので、このはがきはおそらく配給最後のものであろうと推測されます。

 1枚100円の使用済はがきでこんなに楽しめるのですから郵趣とは本当に素晴らしい趣味だと思います。

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[7月2日追記]
 そしてこれが郵便番号制度導入2日目、昭和43年7月2日の郵便番号記入使用例です。印刷済の社用封筒がまだたくさん在庫されていたのでしょう、宛先も差出も郵便番号記入枠がありません。そこに手書きで書き込んでいます。消印は長野駅前 43.7.2 前8-12 → 京橋 43.7.3 8-12。

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