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January 10, 2018

やっぱり年賀状交換はやめるべき?

 今朝放送のFM番組クロノスで郵便学者の内藤陽介さんが年賀郵便について語られていました。年賀状の交換は文化である。文化とは無駄の集積なので効率で判断できるものではない・・・のご指摘には全くその通り、腑に落ちるお話でした。
 私自身は郵政民営化と同時に年賀状交換を辞退しますと宣言しました。企画ものの郵政はがきが多いため、なし崩し的に復活めいた発受信がないわけではありませんでしたけれど、内藤さんのお話を聞いて、やはり一線を引くべきかと思い直したところです。

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 図の左側、矢印で示した料額印面下部の模様に注目してください。これは消印を省略しますという意味の表示で、郵趣用語では”プリキャンセル”と言います。ところが昨今はオリジナル年賀や広告付き年賀が増えてきて、本来あるべきプリキャンセルの意味が薄れ、ただの広告スペースと化してしまっています。
 例としてお示ししますアパホテルさんの広告付き年賀をご覧ください。消印は”省略することができる”であって”省略しなければならない”ではありません。しかし、このデザインは明らかに消印しないことを前提にしています。アパホテル社長さんの顔に重ならないよう、差出人さんのご配慮で年賀印の方が右側にシフトした位置に押印されています。これではあべこべではないでしょうか。料額印面の下に、せめて切手1枚分の余白があって、そこに年賀印が押されていたらなんと美しい視覚的ハーモニーだとは思われませんか?。外国に差し出す際に18円切手を加貼するスペースにもなりますよ。

 西暦2,000年のミレニアムイヤーの際に和欧文機械印に「年賀」の刻印をセットしてすべての年賀はがきに押印するサービスが行われました。今は地域区分郵便局も増え、押印機の性能も上がりましたし、同等の年賀印を押すのは容易になったのではないか?とfacebookに書いたもののあっさり否定されました。ミレニアムの時、想像以上にコストがかかったのでやっぱりダメなんだそうです。20年近い年月が経過しているというのに、いまだに機械が押すコストが大問題になるなんて、それじゃ機械化(自動化)の意味自体がないと思ったのですが、そこはそれ、私もオトナなのでそれ以上は言いませんでした(笑)。

 しかし、内藤先生のご説の通り、年賀状は文化であって文化とは無駄の集積、効率で判断すべきものではない・・・のであれば、差し出す側は従来と変わらぬ手間暇をかけているのに、日本郵便さんだけがコストを言うのは不公平ではないでしょうか。ある程度のコストも必要経費だと割り切って、何か新しい工夫をしないと年賀状文化は廃れるだけではありませんか?。
 消印がないのではただのカードと変わりません。ただのカードならSNSやLINEで画像を送りあうのと大差ないどころかきわめて低コストで済みます。そこまでいくともはや郵趣とは言えません。
 我々ユーザーもコストを第一に考えれば年賀状をやめるのがもっとも合理的な結論になります。年賀印もない素っ気ないただのカードなら・・・やっぱり年賀状交換はやめるべき?


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