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January 30, 2016

下関市関連の小型印2題

2016013001

<趣味の切手展/下関東29.4.23>
 地元山口県の小型印なので入手しました。時期といい絵柄といい下関市では恒例の先帝祭の女官を題材にしたものかな?と想像しました。ですが、見慣れた花魁の姿ではなく、扇を手にした十二単の女性の姿です。はて、これは一体どうしたことか???。
 源平の壇ノ浦の合戦に敗れた平家が関門海峡の藻屑と消えました。その際、幼い安徳天皇もまた祖母の二位の尼殿に抱きかかえられ「波の底にも都がございます」と告げられてともに入水し亡くなりました。後に遊女に身を落とした平家の女官たちが、毎年3月24日に装束を整えて安徳天皇の御陵の前で「御陵前祭」を行ったことが先帝祭の起源です。
 よくよく調べてみますと、江戸時代になって脚色が加えられて花魁道中の姿に変容したのだとか。なるほどねえ、昭和29年のことですから「小型印もれっきとした公印の一種である。遊女・花魁姿を題材にするなどもってのほか。そもそもの起源である十二単の女官であるべき!」てなことになったのかなと想像をたくましくしています。

<関門トンネル開通30周年/北九州63.3.13>
 福岡県の印影ですが、図案中に「下関」とはっきり書かれているのでスルーするわけにはいきません。本州側から伸びた手が、九州側の手に鳴門巻きを手渡しているように見えるのはご愛嬌。さらに握手しようとしている双方の手が左手というのもレフティー図案コレクターとしては嬉しい。もっとも、そこまで深く考えたわけじゃないでしょうけど・・・
 「北九州」なる郵便局はありませんので、ここでは広域の「北九州市」の意味で使われています。門司や門司港など複数以上の郵便局で北九州表示の同一図案印が使われたものでしょう。肝心の下関側はどうだったのかな?

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