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August 2015

August 30, 2015

ここはどこ?

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 2001年に英領ノーフォーク島が発行した「日本における平和維持活動」切手4種のうち、場所の特定ができていない1枚があります。戦後直後のこの写真図案、どなたかおわかりになる方はいらっしゃいませんでしょうか。

 戦後の進駐軍のうち、英本国軍、オーストラリア軍、ニュージーランド軍、インド軍で構成された英連邦軍は西日本に展開しました。我が山口県にはニュージーランド軍が進駐し、今の航空自衛隊防府南基地に進駐軍住宅も建設されていたこと等がわかっています。
 お尋ねしたいのはどこかの駅前での交通整理の場面を描いたこの1枚です。トラックに乗せているらしき「人と車は皆左」の標語看板が読み取れます。ちょっとした駅前ロータリーがあって、交通整理をしなければならないだけの規模というと、どの駅か容易にわかりそうなものですが、残念ながらいまだに不明です。駅舎や駅前は変わっているとしても、右手の植え込みの中にある石碑は、移設されることはあっても無くなることはないと思いますので、それが手掛かりにならないかなと期待しています。

 郵便局巡り、観光スタンプ集印で山口県内のJR駅にも意識的に立ち寄っています。戦後の一時期まで色街で栄えた地元、周南市の福川駅なども可能性があるなあと思ったりもします。ですが駅舎も変わり石碑も見当たりません。可能性としては中国・四国・九州のどこかの駅前であろうと思います。おわかりの方はいらっしゃいませんでしょうか?。

【判明しました】(20161116追記)
 大澤榮時さん(伊豆の国市)、折川春雄さん(柳井市)、桑木正道さん(防府市)のお骨折りのお陰で撮影場所が判明しました。2枚の絵はがき写真の駅舎および駅前の植栽の形状が一致することから、旧三田尻駅こと現防府駅であると確定しました。上記文のように駐屯実績からも防府なら合理的で自然です。
 現在の防府駅は高架化されて往時の面影は全く残されていません。かつての姿が日本から遠く離れたノーフォーク島の切手に残されていたとは。

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August 24, 2015

台湾”萌えポスト”

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 今年の台風13号のために落下したビルの袖看板の直撃を受けて傾いてしまった2基の郵便ポストが人気。見た目が可愛いってんで”萌えポスト”と呼ばれ、新たな観光スポットになっているとか。台湾の収友がさっそく送ってくれました。萌えポストに投函すると、図のような記念スタンプが押されるという悪ノリぶりです(笑)。


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 観光利用したい気持ちはわかるけれど、やはり中華郵政の当初予定のように、安全な場所に移設するべきだと思いますねえ。写真だけでもポストの構造が弱く設置工事の強度も不足しているのがはっきりわかるからです。
 看板屋に勤めていたことがあるのでわかるのですが、落下したビルの袖看板は鋼材のフレームにトタン板を貼っただけの軽構造で重量は1トンないと思います(参考:軽自動車がだいたい1トン)。その程度の重量物が当たっただけで、こんなにやすやすと傾いてしまうのはいくらなんでも弱すぎます。衝撃を逃がす意味であえて柔構造にしているのか?、とも一瞬思いましたけれど、接地している固定用のベースプレートも持ち上がって曲がっているので、そもそも構造的に強度不足だろうと考えざるをえません。
 設置工事も問題ありです。日本の場合は既製品のコンクリート基礎(いわゆる2次製品)を土中に埋設し、真ん中に開けられた穴の中に支柱を差し込んで固定する土木基礎方式が主流です。萌えポストのようなベースプレート方式でも土中に基礎が埋められていることが前提です。台風被害の大きい台湾で、この程度の建築基準で良いというのはかなり疑問です。
 人が寄りかかって突然落下したら「痛い!」じゃ済まない事態になるんじゃないかと危惧しています。

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新着の変形はがきから

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 今夏の繁忙期がやっと峠を越えたようで数ヶ月ぶりに一日中パソコンに向かって切手整理をしていました。ご紹介が遅くなりましたけれど、新着の変形はがきを2点ご紹介させていただきます。

2015082304 上は白藤智明さんからご恵送いただいた「花咲くいろは」のフォルムカードです。いまどきのアニメにはまったく疎いもので、いかなる内容かはさっぱり存じませず申し訳ないことです。このアニメを活用して街おこし(温泉おこし)をしているらしいことはネットで知りました。
 左図にも見えますように、宛先用の郵便番号枠が印刷されていることから、最初から郵送されることを意図していますね。これも日本郵便さんのフォルムカードのおかげで、変形はがきに対する好意的な見方が広まったおかげだと思います。
 また、下は柴田公子さんからご恵送いただいたリサ・ラーソン展の変形はがきです。これもパッケージに「郵送の際は120円切手をお貼り下さい。」とのキャプションが印刷されています。たいへん結構なことだと思います。
 今は「変形郵便物」と記した3つのケースファイルに一括して収納しています。しかし、日本郵便さんがポスタコレクトのご当地フォルムカードを販売開始した2009年(平21)9月以後は、明らかに環境が変わりました。それ以後の分についてはローカル・フォルムカードという新しい概念で差出・収集・分類をする必要があるようにも感じ始めています。

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August 23, 2015

山口市を巡るマキシマムカード

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 先日、山口市菜香亭のコラボ・カードを作成したついでに、歩いて行ける距離にある十朋亭(上)と今八幡宮(下)のマキシマムカードも作っていました。ポストカードはいずれも菜香亭さんで販売していたものです。絵柄面に切手を貼って消印を押すマキシマムカードのスタイルが好きなので、このフォーマットに叶うポストカードを見つけた時はたいへん嬉しいです。
 最寄りは山口金古曽(かなこそ)郵便局です。もっともふさわしい風景印は、残念ながら野田神社とSLやまぐち号のデザインで絵柄にマッチしません。やむをえず和文印を押したのではありますが、こういうすっきりした出来上がりも好きなので、意図的にそうしていることも多いですね。
 写真を使った観光絵はがきは、見た目は立派なのですが、表面にコーティングが施されていることが多いため切手貼付・風景印押印ができません。昔ながらの裏糊式切手だとすぐ剥がれてしまいますし、風景印のインクもコーティング層に阻まれて浸透・定着しないので簡単に流れてしまいます。マキシマムカード作成に向いたスペックのポストカードって本当に少ないです。
 意識して探してはいるのですが、いまだに1枚も見つからないのが常栄寺雪舟亭(山口市)別府弁天池(美祢市秋芳町)です。ともにそのものズハリを描いた風景印があるのに、とずっと気になっています。

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August 22, 2015

お盆玉備忘録

2015082202 「お盆玉」の習慣が本格的に広まった2015年、始まりの歴史が容易に忘れ去られることを防ぐため、備忘録として以下、記録掲載します。

 「お盆玉」とは、お盆休みに孫や親戚の子どもにあげる小遣いのこと。山形県立博物館によると、発祥は江戸時代の山形県の一部地域と言われ、奉公人にお盆の小遣いを渡す風習があったそうです。ただし、当時は全国的な習慣ではなかったらしい。
 近年では紙製品・包装用品メーカーの株式会社マルアイさん(山梨県西八代郡)が、お盆に田舎に帰省した子どもや孫、また祖父母にお小遣いをあげるという新しい習慣を広げるために、2010年より夏の風物詩をデザインしたポチ袋を「お盆玉」として販売を始めたとのことです。同社によると「お盆玉」の名称はマルアイで作った造語で、商標登録をされているそうです。
 日本郵便も2014年からお盆玉袋を販売開始しましたけれど、当時はまだ物珍しさの方が先行していたように思います。ところが翌2015年には、決してありがたくはないことですが(笑)、お盆玉を手渡す日とされている8月15日までに郵便局での販売分はほぼSOLD OUT。昨日8月21日、郵便局巡りをしていたところ、下関市の黒井郵便局で売れ残りを発見。最後の在庫2パック(4袋)を購入し、本日8月22日に記録用に防府郵便局の風景印で記念押印・引受消印しました。

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August 17, 2015

山口県に関する郵趣品収集にご協力ください

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 最近は郵趣イベントに行きますと先輩郵趣家さんたちの遺品がとみに目につくようになってきました。きちんと切手商さんに売られてさえいれば、回り回って私のところにやってきてくれる可能性が高まります。そうやってかつて西日本有数の郵趣振興地であった下関市在住の先輩がたの品々を蓄積しています。普通はゴミとして捨てられてしまいがちな切手展の出品目録とか寄せ書きなども、なかば義務感を持って継承しています。
 図のタトウもそうやって入手したタトウ(押印台紙)です。もともとは二つ折りのようですが、内側の無地面はそのままで、なぜか裏表紙に切手を貼って発行初日の秋吉局風景印が押されています。銘から察するにこのタトウは郵政関係ではなく秋芳町(現美祢市)が製作・配布した可能性が感じられます。しかし、手がかりがないものですから今は詳しいことが全くわかりません。
 できることなら収集家本人がご存命のうちに説明文を添えて分譲していただけるとたいへん幸せます。自分は特に風景印、小型印といった赤印関係を精力的に集めています。それ以外の消印はすでに大家がいらっしゃるので、私はおこぼれ、隙間の部分をやっていこうと思っています。よろしくお願いいたします。

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August 16, 2015

戦後70年談話の希望・抗日勝利70年の茶番

 8月15日の安倍総理大臣の戦後70年談話は良かったですね。西欧植民地主義のアジア地域への侵略が日本近代化の原動力になったこと、アジアで最初にして唯一立憲君主国家を打ち立てて独立を死守したこと、欧米のブロック経済が大東亜戦争の引き金になったこと、そのひとつひとつが真っ当です。これに支那朝鮮が反発している向きもありますが、まあ、それも当然でしょう。これが事実なのですから、いまさら自国民に嘘八百を吹聴していたと認めるわけにいかないからでしょう。そして最も重要なご発言がありましたね。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 これですね。大東亜戦争時の問題は平和条約の締結等ですべて解決済みであることの確認、私個人も以後、支那朝鮮に謝罪することは全く必要ないと腹をくくりました。

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 上は台湾の収友に送ってもらった抗戦勝利・台湾光復70年記念切手の初日カバーです。発行日は今年2015年7月7日です。確かに国民党と大日本帝国は戦争をしていましたので、この手の記念切手が発行されるのは妥当な線です。しかし、大日本帝国はアメリカには負けたけれど、英露支の3国には負けた実感はないというのが一般国民の正直な感想です。自称戦勝国の人々はそのことを知らな過ぎます。
 例えばロシア。ポツダム宣言受諾後の8月18-21日、占守島(しゅむしゅとう)に対して奇襲をかけてきたロシア軍を、武装解除中であったにも関わらず大日本帝国陸軍はこれと戦って死守しました。この戦いのおかげで北海道がソ連領になるのを免れました。
 国民党もそうで、消耗戦を強いられた挙句、戦後に中国共産党に漁夫の利を掠め取られたようなもので、まともに勝ったことなど一度もありません。「実際に戦闘で勝ったことがないのにこんな切手を出してどう思うの?」と私も意地悪なことを聞いてみました。すると、案の定、直接的な返事はなく「歴史をねじ曲げるのか」と中国共産党のプロパガンダ鵜呑みみたいなリアクションが多かったです。発行案内書の拡大図を下に掲げますので、これが本当に戦勝図案と言えるのか?とよくよくお考えください。

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 この台湾切手から言えることは、そうは言ってもずいぶん抑制が効いているという理解はしています。中国共産党とは違って「抗日」ではなく「抗戦」という言葉を使っているあたりにも配慮が伺えます。発行案内書の解説文も同じです。
 なお、図版の右下にあるのが発行枚数です。総数は他の記念切手と変わりませんが、その半分を中正紀念堂での販売に振り向けたそうです。一般の郵便局で入手しにくかったのはそれが原因です。

 何より楽しみなのは来月9月3日です。中国共産党は自らを戦勝国とPRしたくて抗日戦争勝利70年記念式典を盛大に開催するそうです。笑っちゃいますね、大日本帝国軍とまともに戦ったことが一度もないばかりか、1945年当時には存在すらしていなかった中華人民共和国が戦勝国なのだそうです。
 こういう厚顔無恥な支那人の立ち居振る舞いこそが世界中で馬鹿にされていることに気づいていません(否、唯一南北朝鮮が腰巾着で尻尾を振ってくれているようですが)
 その抗日戦争勝利70年記念式典に安倍総理を招待しているそうです。それもいいんじゃないでしょうか。素知らぬ顔して参列し、逆に靖国神社参拝の招待状を手渡してくれば。それを拒否したら、習キンペイちゃんの方がキンタマが小さいとバレてしまいますしね。まあ楽しみなことです。

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August 15, 2015

川内原子力発電所再稼働

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 今回も「なんでも記念カード化計画」を発動しました。このたびのテーマは川内原発再稼働です。本件は単なる時事ネタ、鹿児島ネタというだけでなく、科学史、現代史に通じるものです。かつて鹿児島在住時には薩摩川内市に隣接するいちき串木野市に住んでいたこともあって、原発積極推進派の私としては看過できるものではありませんでした。同県のお友だちにお願いして川内郵便局の風景印を郵政はがき10枚に押印して送ってもらいました。それにカシェを加刷して出来上がりです。キャプションは以下の通りです。

 九州電力は8月11日午前10時半、川内(せんだい)原発1号機(鹿児島県薩摩川内市)の原子炉を起動し再稼働させた。東日本大震災後の新しい規制基準に基づく初めての原発の稼働となる。2013年9月に関西電力大飯原発4号機(福井県おおい町)が停止して以来、1年11か月ぶりに「原発ゼロ」が解消された。同月14日午前9時、発電と送電が再開された。

 また、鹿児島市在住の谷之口勇くんは偶然仕事がお休みだったそうで、前日の勤務後に一晩で表裏のカシェ印刷を仕上げ、当日午前中に原発最寄り局である久見崎(ぐみさき)郵便局まで押印に行った猛者でした。道中、警察の検問を受けるなど天晴れ!です。その1通を送ってくれたのであわせてご紹介します。

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※冒頭の私が作った風景印付きはがきは予備が9枚あります。例によってご希望の方には差し上げますのでご遠慮なくお申し出ください。(お代は要りません)

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August 13, 2015

かごしまみどりの基金・種子付きはがき

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 鹿児島の前夷真由美さんからご恵送いただきました。いまだ日本では数少ない植物の種子をシールしたカードです。前夷さんのお話によると、市民報と一緒に年に一度各家庭に1枚ずつ配られるものだそうです。赤矢印部分に小かぶのタネが水に溶ける紙でシールされています。これに52円切手を貼り、郵便はがきとして送ってくださいました。しかも、前夷さんが原画を描いた串木野浜町郵便局の風景印を押しての発送です(27.8.10付)。私の趣味にどんぴしゃです。ありがとうございます。

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 世界では植物の種子付き切手、はがき類はすでに10種ほど発行されています。その最初が上のオランダ切手「フラワーギフト」(2007.5.1発行)です。カーネーションなど5種の種子をミックスして切手の中央に丸い透明フィルムで貼り付けてあります。赤矢印部分がそれで、わかりやすいようにコンストラストを強めにしてあります。耳紙には、このまま土に植えるようにと栽培方法も印刷されています。
 残念ながら日本では正刷切手での同様例はありませんが、今回のように郵便で送ることで郵趣品化することは十分可能です。ちなみに鹿児島県は1988年(昭63)の鹿児島国際火山会議の時にも桜島の火山灰をシーリングした絵はがき類を発行しています。鹿児島県はこの分野の先進地かも???
 異物混入・添付はもともと民生技術です。うっかり見逃しているだけで、皆さんの身の回りにも既に実用化されたアイテムがあるのでは?。

※解説部分の拡大図を下に掲げておきます。

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August 10, 2015

郵便物の事前検査ー事前検査済印

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 上は昭和32年5月、神戸からアメリア宛に1gの真珠を船便で送ったカバーです。内容物が課税対象金額以下の場合、あらかじめ税関票符こといわゆるグリーンラベルに物品の種類、重量、価格を書いて郵便物に添付して郵便窓口に差し出すと、誤って課税されたり課税対象の疑いをかけられて配達を止められたりすることを回避できます。本便の場合、差し出しが宝飾会社さんで内容物が真珠ですから手慣れた手続きだったのでしょう。
 てなことで現行制度を再確認していましたら、税関さんのページに詳しく記されていました(当たり前ですけど)。

—↓—
1.価格が20万円以下の郵便物を外国へ送る場合
 税関への輸出申告は必要ありませんので、日本郵便株式会社配達郵便局(以下「配達郵便局」といいます。)に備えてある「税関票符」(グリーンラベル)又は「税関告知書」に必要事項を記載して郵便物に添付し、配達郵便局に差し出して下さい。
 配達郵便局に差し出された郵便物は、税関の外郵出張所等が置かれている日本郵便株式会社通関郵便局(以下「通関郵便局」といいます。)に送られ、税関検査が行われた後、外国へ送り出されます。

 この税関検査のときに関税関係法令以外の法令により輸出の許可・承認が必要とされる品物があった場合には、税関から「輸出郵便物の通関手続について」という「はがき」が送付されますので、そこに記載されている手続を行って下さい。

2.価格が20万円を超える郵便物を外国へ送る場合
税関への輸出申告が必要ですので、「仕入書」など輸出申告に必要な書類を揃えて、日本郵便株式会社や他の通関業者(以下「通関業者等」といいます。)に輸出通関手続を依頼するか、ご自身で税関への輸出申告を行ってください。輸出申告の際に、税関に提出する必要がある書類については、コード番号5009番「輸出申告の際に必要な書類」をご参照ください。
税関の審査・検査が終了し、輸出が許可されると、郵便物は外国へ送り出されます。
なお、郵便物を配達郵便局に差し出す際に、配達郵便局の窓口で通関手続の案内を受けることができます。

3.郵便物の事前検査
  価格が20万円以下の郵便物を配達郵便局に差し出す前に、通関郵便局にある税関外郵出張所等又は最寄りの税関であらかじめ検査を受けることができます。これを「事前検査」といいます。この検査が終りますと税関では郵便物に「事前検査済印」を押印し、封印します。これをそのまま配達郵便局に差し出せば、原則として開披検査は行われずにそのまま外国へ送り出されることになります。

 価格が20万円を超え、輸出申告が必要な郵便物であっても、配達郵便局へ差し出す前に事前検査を受けることができます。
 なお、税関で事前検査を受けた場合は、その税関で輸出申告を行うことができますので、事前検査を行う際に、税関に輸出申告を行う旨を申し出てください。

 また、違約品として返送する場合や、修繕のために輸出して再輸入するなどの場合には、郵便物を輸出する際に、税関の確認を受けておきませんと、関税、消費税などの減免税、戻し税を受けられない場合がありますので、このような場合には、事前検査を受けるようにして下さい。

[出典]
6201 外国へ郵便物を送る場合の手続(カスタムスアンサー)
—↑—

 この中で注目は最後の3番です。税関外郵出張所であらかじめ検査を受ければ「事前検査済印」が押されるというくだりです。うっかりしてましたねえ、なんか見た覚えはあるのですが、意識して手元に残す、分類するなんてしてませんでした。
 最寄りの税関外郵出張所は福岡郵便局内にある門司税関福岡外郵出張所でちと遠い。でも我が防府市はマツダさんがあるおかげで門司税関防府出張所があります。ここに持ち込めば事前検査を受け付けてくださるのでしょうか?。もし可能なら実逓カバーを作成&回収活動にトライしてみたいです。

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August 08, 2015

しょぼ風グランプリ

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 facebook仲間での話題で、ひょんなことから飛び出したお遊びです。風景印は各地域の名所・名刹・偉人・景観を描いているものですが、ごく少数、そうでもないっぽい微妙なスナップが効いた変化球があります。そんな風景印を探してみようってんでしょぼい風景印、略して"しょぼ風グランプリ"を絶賛開催中です。地元山口県として私は光島田局をプッシュしました。先日、出勤前にちょっと足を伸ばして押印してきました。そこで由来・経緯を直接伺ってきました。

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 平成6年頃、光市の全郵便局で風景印を使用開始しようということになった。しかし、ここ島田(しまた)地区は田畑が広がっているだけで、さしたる名所もなかった。そういった事情から、田園風景を背景に、光市農村婦人の家が主題に選ばれた。実際はごく普通の公民館、集会場であって、それ以上でも以下でもない。お話を伺おうと訪問してみたが、通常は無人らしく入口は施錠されたままであった。
 ロケーションは山陽本線・島田駅の駐輪場に隣接しすぐ横が線路である。風景印に描かれているような木立は一切ない。
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 以上の簡単なレポートを官白に加刷してメモリアルとしたのが上図です。せっかくですから局名入りポスト型はがきにも記念押印をしてきました。若干数の予備がありますので、ご希望の方に差し上げますのでご連絡ください。
 描かれた主題自体が廃止された、消滅した、開発で景観がまったく変わってしまったなど、さまざまな要素があると思います。ちょっと遊んでみませんか?

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[付記]
 新・風景スタンプ集の中国・四国・九州・沖縄編のP.71、この光島田局と島田市局の読みが間違いです。「ひかりしまだ」「しまだいち」ではなく、正しくは「ひかりしまた」「しまたいち」です。「た」は濁音ではありません。お手元で訂正されてください。

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August 02, 2015

簡易郵便局LOVE

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 Facebookに「簡易郵便局LOVE」という公開グループを作っています。郵便局消印を集める人は多いけれど、それは特に簡易局に特化しての集まりです。なぜ簡易局なのかといぶかしむ向きもあることでしょう。その理由がわかりやすい例として、去る7月31日に訪問した下関市の前田簡易郵便局でのお話をしましょう。

 簡易局では消印を押してもらうだけでなく受託者についてもお尋ねしています。前田局は2013年(平25)4月1日付で一時閉鎖になり、今年2015年(平27)6月1日付で業務変更・再開したばかりということも事前に把握していたからです。局長さん(女性)の口からは簡易局ならではの地域とのつながりが切々と語られたのでした。
 もとはここに会社があり、同じ建物の一隅に簡易局があったのですが、その会社さんが移転することになったために自然に一時閉鎖になりました。国道9号線から600mほども山に入ったその場所は、由緒ある山陽道沿線なのですが、それも今は昔、現在はただの細い農道にしか見えません。じきに農協さんも出て行かれ、ついに金融機関の空白地帯となってしまいました。

2015080202(↑一時閉鎖時の頃のストリートビュー画像)

 ところが、一時閉鎖になった後も明りがついていると近所の住民たちが自然に集まってきたそうです。藩政時代から使われていた山陽道の辻ですから、もともと地理的に重要な場所なのです。そこで住民の皆さんから寄せられたのは郵便局を再開して欲しいとの熱烈なエールでした。最も近いのが長府郵便局で、その次となると唐戸の方にまで行かないと郵便局がないのは非常に困るのだと。ついには業務再開の要望書まで出され、それから認可が下りるまで1年以上もかかってしまったということでした。まさに生活インフラとしての郵便局です。

2015080203(↑訪問した7月31日の写真)

 7月31日はまた特別な日でもありました。翌8月1日からゆうパック料金が値上げされるために現行料金のラストデーでした。記念の最終便を差し出すために6通ほど事前に用意していました。冒頭は自分宛に差し出したその実逓便画像です。
 簡易局では全種は揃っていないだろうと思い、切手もあらかじめ貼って持ち込んだのでした。ところが「(普通切手は)全種類用意していますよ。近所の会社の人も利用されるので収入印紙もこれだけあります」とわざわざ引き出しを出して見せてくださいました。昨今の特殊切手もすべて用意していますとのこと。
 実は簡易局は業務を委託しているだけなので、切手も配給ではなく受託者さん個人が自腹で切手を購入して在庫しておられるのです。一般の方はもちろんのこと、我々郵趣家でもこのことをご存じない方が多いと思います。経営的にいかに厳しいかお察しください。
 その意気に感じて当日の朝に届いたばかりの郵趣誌8月号を差し上げました。自分も記事を担当しているので自己紹介には最適だと思ったからですが、すると局長さん、読んだことはないけれど郵趣誌の存在は知っていると仰るではありませんか。ネットで見ていて、いったいどこで買えるのかねえ〜なんて話をしていたのよ〜、と。特殊切手をできるだけ揃えているのも切手を買って手紙を出してもらいたい、郵便を利用してもらいたいからとのことでした。
 地域の保険・貯金(金融)機関として、そして郵便・手紙文化の担い手として、志の高い簡易郵便局(長)さんが多いことをここでも実感したのでした。

 Facebookの簡易郵便局LOVEについて、私はこのような説明文を掲げています。

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 1871年(明治4年)、日本で官営郵便制度が始まったその時、財政が逼迫していた明治政府は、全国各地の名士や地主などに土地と建物を無償提供させて郵便業務を委託しました。委託されること自体が名誉であるとの理解から、全国に郵便網を普及させることに成功しました。これが三等郵便局であり後の特定郵便局です。
 時は流れて136年後の2007年(平成19年)、郵政民営化によって特定郵便局は普通郵便局とともに廃止され、日本郵便が直接管理する「郵便局」として統一されました。
 しかし、郵政民営化以前から存在した簡易郵便局が今もそのまま存続しています。郵便局の窓口業務を地方公共団体や組合、個人等に委託していたもので、現在は日本郵便から委託された事業所を指します。受託者の高い社会貢献意識あってこその簡易郵便局は、ある意味、郵便創業当時の使命感を今に伝えている存在と言えるのではないでしょうか。
 ところが受託者の事情により、突如として一時閉鎖や廃止されたりは珍しいことではありません。いつまで存続するかわからないその儚さとともに、歴史ある局舎がそのまま残されている意義と郷愁も、等しく私たち郵便愛好者の心を掴みます。
 そんな簡易郵便局LOVEなわたしたちのためのグループです。簡易郵便局に関するあらゆるLOVEを語り合いましょう。

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 切手・はがき類を買うだけでなく郵便物を、それもできれば特殊取扱便を差し出せばそれが簡易局さんの手数料収入になります。そしてFacebookの愛好グループにもぜひご参加ください。みんなで簡易郵便局を応援しようではありませんか。

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