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June 06, 2014

明治銀婚記念切手発行の伝説

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 日本最初の記念切手はわずか23日間で発行されたという伝説が今も信じられています。それはこのようなものです。1894年(明27)2月10日の時事新報に、日本でも外国のように明治天皇ご夫妻の銀婚式を祝う記念切手を発行してはどうか、との投書が掲載されたとあります。その反響が大きく、ついには時の内閣総理大臣・伊藤博文が同月14日に発行を決め、突貫作業の末に3月9日の発行に至った。ゆえに正味23日であると。

 私はこれを疑っています。

 今のようにデジタル技術があればこそ、オーストラリアやイギリスなどがオリンピック金メダリストの優勝翌日に記念切手を発行するという芸当も不思議とも思わなくなりましたが、明治27年にそんなことが可能だとはとても思えません。とりわけ図案の見事さから言ってもこの完成度の高さはありえません。
 そこで、発行最短記録を持つ世界の切手を比較してみました。もちろん、デジタル技術のない時代に限定してのことです。事前準備をしていなかった(できなかった)ことがほぼ明らかと思える正刷切手です。

(1)アポロ11号月面着陸(イラン・1969.07.26)
 発行が決定されてからわずか3日で製造されたと伝えられています。印面に月面着陸日の7月21日の表記があり、それからカウントしてもわずか5日。事前準備できる絵柄とは考えにくいのでこれは信用してもいいかなと思います。印刷方式も簡単な平版印刷(オフセット)のうえ発行枚数も20万枚と少ない。テヘランでは初日完売、自動発送も6割カットされたと伝えられています。アメリカとまだ仲良しだった時代の残照ですね。
 実際の切手の出来映えはかなりみすぼらしいものです。事前準備できていれば確かにこんな低レベルではなかっただろうとも思わせます。使用済1枚が100円もしませんので興味のある方はどうぞお買い求めください。

(2)ペレの1,000ゴール(ブラジル・1969.11.28)
 11月19日にペナルティー・キックを決めてから9日後に発行されました。これもゴールを決めた瞬間のシーンを描いているのでたぶん本当だろうと思います。

(3)El Asram地震(アルジェリア・1980.11.13)
 10月10日にEl Asramでマグニチュード7.3の大地震が発生しました。死者は2,600〜3,000人。寄附金の表示がないので単なる追悼切手なのか寄附金額非表示切手なのか判然としませんけれど、事実としてわずか1ヶ月後の発行ではあります。趣旨が趣旨だけに図案を事前準備していた可能性は極めて少ないと思います。

 こうしてみると、常識的に最低でも1ヶ月の制作・配給期間は必要だと思います。それ以下だと良くてオフセット印刷、グラビア印刷ではかなり厳しい。
 これから先は戦前記念切手収集の専門家の方に研究していただきたいです。くだんの新聞投書は外国人のものであったと伝えられています。その人の身元をきちんと調べていただきたい。私の想像にすぎませんが、キヨソネ本人(1891年に退職済)または彼の弟子たちが実は図案も事前準備しており、同じ雇われ外国人技術者仲間のネットワークを使って誰かをサクラで投書させたのではないか?と疑っています。伝説は伝説のままでいい、とも思わないでもありませんが、常識はずれに近い荒唐無稽な話だと、やはり恥ずかしい気分の方が勝ります。真相はいかに?。

※参考文献・出典
・明治銀婚:スタンプクラブ1983年1月号ほか多数(日本郵趣協会)
・(1)郵趣1969年10月号(日本郵趣協会)
・(2)切手は語る(大谷博)

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