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October 2013

October 27, 2013

東風吹かば匂ひをこせよ梅の花

Uguisu

 寄贈品のFDCの束を検分していて発掘しました。鳥シリーズ「うぐいす」に枚岡郵便局の風景印が押されています(大阪府東大阪市)。ここは桜の名所なので初日指定局に選ばれました。これにさらに太宰府郵便局の風景印が押印されていたので手が止まりました(福岡県太宰府市)。このカバーを作った人よ、いくらなんでも素っ気なさ過ぎるじゃないか。

 太宰府に左遷されることになった菅原道真が屋敷内の梅の木との別れを惜しんで読んだ句があります。その梅は一夜のうちに太宰府まで飛んで行き根付いたとの伝説があります。これを飛梅(とびうめ)と言い今も太宰府天満宮の神木とされています。作者はそれを知って2局をコラボさせたのでしょう。それならそれで、その旨の説明書きぐらいカバーの中に入れておいて欲しいものです。
 厳密にはどちらの局を先に押したのかはわかりません。しかし、飛梅を意図したものであれば、まず最初に枚岡局で押印、その後に飛行機で伊丹空港から福岡空港に移動し、さらに西鉄で太宰府局に着いたものであって欲しいと思います。昭和39年2月1日の当日中に押印可能なのは、この当時は大阪・福岡間は飛行機以外に移動手段はありません、それも高い航空料金だったはずです。
 わかる人だけがわかればいい、そんな旧時代の作法は困ります。現に意味が理解されず雑カバーの中に紛れ込んでいたのですから。

 主なしとて意味ぞ忘れそ?。

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October 22, 2013

うるう日

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 スタンプショウはかた2013にて、今回もパインスタンプさんから面白いものをいただきました。地元、山口県内郵便局のうるう日(2月29日)の消印です。ゾロ目・連番といった数字遊びの消印類も集めている関係で、うるう日消印も収集対象に含めています。昭和47年、県内在住の郵趣家が意図的に投函・作成した飛天7円官製はがきの押印例です。
 面白いのは左側の誤用例です。裏面の通信文を見ると、どうやら山陰本線の鉄道郵便印を狙って阿川駅前ポストに投函したものと類推されます。残念ながら鉄郵にはならず、地元阿川郵便局で取り集められました(消印データは山口・阿川47.2.29 18-24)。ところが阿川郵便局さん、不慣れで慌てたのでしょうか、未納不足印ではなく還付転送料印を押してしまいました。手書きで訂正したものの不足料3円のゴム印を押すという二重のミスを犯しています。右の正解例のように、当時は不足料金の2倍を徴収する決まりでした。この2月1日にはがき料金が7円から10円に値上りしているので差額は3円、その倍額の6円が正規の未納不足料金になります。
 もはや、うるう日消印ウンヌンより取り扱いの混乱の方が興味深いです。どのファイルに収納するのがふさわしいものやら苦笑いしながら悩んでしまいます。

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アメリカズカップ優勝記念1987

 facebookでゴールド・レプリカ(金箔エンボス加工の切手に似せたシール)の話題が出たので、その実例を本ブログに記録掲載しておきたいと思います。以前、広島県の大橋武彦さんからいただいたもので、国際的なヨットレースとして有名なアメリカズカップの記念郵趣品です。発行は英領のソロモン諸島です。

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 表紙写真です。合成皮革に金文字印刷を施した収納帳です。オフィシャル・プレゼンテーションと名付けられています。

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 開くと左側に押印済の記念カード、右側にゴールド・レプリカが納められています。レプリカの台紙には同島の郵政大臣(郵政長官)の認証と管理ナンバー2720番の表記があります。またMade in Australia Philatelic Internationalとのエージェント名まで入っています。そして23 Karat Pure Yellow Goldと大書きされています。

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 記念カードには$5記念切手を貼って記念印が押されています。さらにDennis Conner(デニス・コナー)の直筆サインがあります。切手よりもゴールド・レプリカよりもむしろ、このサインにこそ意味があると思います。その理由はwikiにも以下のように記されています。

 『1983年の第25回大会においてNYYC所属の「リバティー」号がオーストラリアのロイヤル・パース・ヨットクラブ(Royal Parth Yacht Club)から出場した「オーストラリアII」号に敗れ、アメリカス・カップは初めてアメリカ国外へ渡ることとなった。しかし、それまでは予選の組み方や使用艇の要件等、明らかにNYYCにとって有利なルールが長年に渡るアメリカの独占を支えていたため、この敗戦はアメリカスカップが近代的な国際スポーツイベントへ生まれ変わる契機となった。
 「リバティー」号のスキッパーであったデニス・コナーは「カップを失った最初のアメリカ人」としてアメリカ中からの非難に晒されたが、1987年オーストラリアのフリーマントルで開催された第26回大会に自らのチームを率いて乗り込みカップ奪回に成功した。コナーは一転アメリカンヒーローとして凱旋し、ロナルド・レーガン大統領によってホワイトハウスに招待され、"ミスター・アメリカスカップ"と称されるようになった。同時にカップ奪回に賭けたコナーの苦闘は小説化され 、映画「ウインズ」の題材にもなった。』

 どうりでかくも立派なプレゼンテーション・パックが作られたわけです。ただし、注意して頂きたいのは、金箔切手かのように見えるゴールド・レプリカはあくまでも記念品であって郵便切手ではありません。
 また、デニス氏は郵趣品以外にも多種多量にサインをしていらっしゃるようなので、同類品は比較的に手頃な値段で入手可能なのも好ましく思います。

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October 21, 2013

JAPEX'68記念メダル

2013102001 公益財団法人日本郵趣協会とその関連郵趣資料も集めています。とりわけ昨今はJAPEX関係の出物が多いので何でもいただくようにしています。そこで昨日のスタンプショウはかた2013での収穫品です。いつものパインスタンプの松本さんが持って来てくださいました。JAPEX'68の記念メダルです。
 第1回のJAPEXは1966年です。出品物はリーフ形式に限定され、出品者は出品料を、参観者は入場料を払うという、今ではごく当たり前のスタイルがこの時に導入されました。ところが、当時は理解が得られず当初見込みの1/4の出品物しか集らなかったと記録されています。ありていに言えば大コケ。
 これではいけないと出品促進のための全国キャラバン隊が日本中を回ったのが1967年の第2回。その甲斐あって400フレームの出品がありました。そして第3回目のJAPEX'68の時に製作されたであろうと思われるのがこのメダルです。裏面には「1968記念 全国切手展JAPEX'68」とあるだけで何賞を授与した等とは記されていません。出品者への報賞品なのか、あるいはただの記念品なのか判然としません。表面のマークも今では見られないもので察しがつきません。何かご存知の方がいらっしゃったらコメントをつける形で書き込みをしていただければありがたいです。よろしくお願い致します。
(コメントの公開は承認制です。逐一私が内容を確認してから公開の手続きをしますので、それまで少々お時間をいただく場合があります)

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October 19, 2013

ムーミン切手展in大阪

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 木村正裕さんからご恵送いただきました。先に大阪ドームで開催されました秋の大阪切手まつり2013、それと併催されたムーミン切手展in大阪の公式記念印付きカードです。いつもありがとうございます。
 このムーミン消印、日本国内では2013年中に計3回使用されたました。後年のために以下にまとめておきます。図案は同一で日付のみ異なります。特に注意すべきは東京と大阪の印影です。ムーミン郵便局は夏期限定の季節局で、年によって少し変わりますけれど、今年は6月10日〜8月23日までの開局でした。よって5月と10月の印影は例外的な使用例になります。お持ちの方はどうぞ大切になさってください。フィンランド郵政から支給された公式の特別印影ですので。

(1)ムーミン切手展in東京目白 5月18日
(2)   同   in仙台   7月14日
(3)   同   in大阪   10月13日

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October 06, 2013

長岡外史の私製マキシマムカード

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 山口県下松市のコラボカード作りに笠戸島を回ってきました。まずは絵はがき探しです。国民宿舎大城にて絵はがきセットを入手したものの今は記念スタンプはないそうな。かつてはシールまで作っていたそうですが残念です。次に笠戸島ハイツを尋ねましたら記念スタンプはあるけれど絵はがきはないとのこと。なかなかうまくいきませんね。
 記念スタンプの類がないので、絵はがきには島唯一の笠戸島郵便局で風景印を押してきました。図案は笠戸大橋と長岡外史像を描いています。できれば絵柄面に押したかったのですが、例によって表面のコーティングが強くてスタンプインクを弾くと思われましたのでやむをえず通信面に押しました。貯金用の一行局名印も押していただきました。

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 せっかくですから現地も踏破しました。長岡外史公園は大城の駐車場脇から草に埋もれた石階段を上って行きます。下松市生まれの外史を顕彰する有志の会の皆さんが笠戸島に公園を作り石像を建立されたのだそうです。ただし、外史は笠戸島そのものに特に縁があったわけではないとのことです。
 石像の脇には芳名板があり、オーストリア、ドイツアメリカ各国の大使館、日本航空協会、全日本スキー連盟、外務省、山口県、さらにはエドウィン・ライシャワー博士の名前まで見えます。
 これから行かれる方は第2駐車場から登られることをお勧めします。また、草が生え放題で手入れが行き届いていないのがありありですのでくれぐれも長袖長ズボン姿でどうぞ。

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 少し前、地元の切手の集まりで外史の年賀状を掘り出しましたので合わせてご紹介します。こちらのご出身なので見つかるのはそう不思議なことではありません。山のような使用済はがきの束を丹念に見て掘り出す根性があるかないかだけのことです(笑)。以前、同じようにして山口県ご出身の切手原画作者・大塚均さんの暑中見舞状も掘り出したことがあります。これは、暑中見舞はがきの専門コレクションを誇る須谷伸宏くんに進呈しました。
 なお、ご本人の直筆かどうかまではわかりませんが、都濃郡をツノ郡と略しているあたり可能性は高いと思います。いずれ筆跡を確認します。(青山 大正10.1.1 林式機械印)
 また、外史のお父上、小方謙九郎(おがたけんくろう。元第二奇兵隊参謀)が建てられた上関町の四階楼はすでに私の別ブログLocal stampsでご紹介しています。

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