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August 2013

August 26, 2013

1円62枚貼り実逓カバー

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 facebookで1円切手の多数貼りカバーの話題が出ましたので私も一通ご披露いたします。平成元年11月11日、ゾロ目日付の時に川崎局で差し出されたものです。これには若干の説明が必要ですね。

 1枚の薄い宛名紙を表裏から挟むように1円切手が貼ってあります。実際はフルシート(縦10×横10枚の100面)を二つ折りして紙を挟み込んだものです。宛名紙が見えるように38枚を切り取り、1円切手62枚を糊付けして封筒形状の出来上がりです。サイズは洋形4号封筒(縦235×横105mm)とほぼ同じという技ありです。
 切手そのものを封筒に仕立てたこのアイデアを実行してくださったのは横浜の橘恵一さんです。もう四半世紀の時間が流れましたが今でもお元気でしょうか。
 詳しく見てみましょう。表面は30枚30円、裏面は32枚32円で合計62円です。当時の第一種郵便料金62円なのでぴったりです。当時のはがき料金は41円、押印できる消印の種類数は「1単位1種」の原則に従えば1種のみです。よって表面の櫛型印か裏面の和文ローラー印か、そのどちらか一方しか押せない・・・というのが本当です。
 しかし、これも抜け道があって、表面を押印後、裏面はわざと未押印のままポスト投函したのではないかと想像されます。それは表面右上に自動取り揃え押印機の専用消印である和欧文機械印が押されているからです。そして裏面が未押印だったことに郵便課の職員さんが気付いて和文ローラー印で抹消したのでしょう。ローラー印が一列一行押しになっていて、これは郵趣家は普通はやらない押し方だからです。

 表面40枚、裏面40枚になるように調整すれば今でも同様のカバーを自作&発送することができます。ただし、1単位1種(今は50円ごとに消印1種)を厳密に守ってくださいね。
 さらに風景印や小型印も鮮明に見えるように考慮すれば、1円ではなく3円切手を使うことをお勧めします。最低27枚使いさえすれば第一種郵便料金80円をクリアできます。それより多い分は単なる過納ですから問題ありません。サイズと重さ、そして中に挟む紙の大きさや色合いもうまく調整してみてください。

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August 23, 2013

本郷新制作「氷雪の門」除幕50周年

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 北海道の湯浅英樹さんからご恵送頂きました。いつもありがとうございます。
 こうして地域の歴史や催事を記念カバー、カードの形で作り残していく郵趣の技法が再び広まっていくことを歓迎します。以下、カード裏面に記されていた解説文を一部補筆・転載させていただくことにします。

 樺太(現・サハリン)在住50万人の日本人は、樺太が日本の領土ではなくなった戦後、樺太での生活すべてを失い引き揚げざるをえませんでした。引揚者の心の故郷として、樺太のことを忘れないために慰霊碑設置がすすめられ、依頼された本郷新(札幌出身)の制作により、1963年(昭38)8月20日、樺太慰霊碑「氷雪の門」が設置されました。
 戦後直後、参戦してきたソ連軍の攻撃を受けた樺太・真岡郵便局交換手9人の乙女が、1945年8月20日、最後まで交換手として職場を守り自決しました。彼女らの死を悼み「氷雪の門」の隣に「乙女の碑」も同日に除幕されました。こちらの作者も本郷新です。
 その2つの碑が除幕されて今年・2013年で50年を迎えましたので、「氷雪の門」を描いた稚内局の風景印を押印した記念カードを作りました。また、稚内市の花に制定されていることからハマナス切手を貼付しました。

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August 22, 2013

自由研究こども切手クラブ

Img01 夏休みもあと一週間とちょっと。この期に及んでもなお自由研究に取り組もうとしないお子ちゃまはいませんか?。遺伝だからしょーがねーなー、などとご両親も諦めている・・・ではいけません。ここに一打逆転の方法があります。それが表題の「自由研究こども切手クラブ」です。
 1ページにひとつずつ、計12ステップの設問があります。これは1番から順にやらなくてはいけないものではなく、つまみ食い的にできるところをやっても良いようになっています。
 200円切手を同封して申し込めば送られてきますし、都心の方なら直接もらいに行ってもいいでしょう。できそうなページだけコピーして計4問のみ完成させます。それをパネルに田型に並べてそれらしくしつらえればとりあえず形になります。近所に切手屋さんがなければ「家に来た郵便を調べよう」といった誰でも可能な設問を選べば良いのです。

 この小冊子「自由研究こども切手クラブ」は今から20年近く昔、東京を離れる少し前に私が手がけたものです。当時、初心者やジュニアコレクターを指導育成するボランティア委員をしていた関係でコンテンツからデザインまで作りました。データというか版下に相当するものもすべて本部に渡して来たので、内容が陳腐化しないように一度くらいは改訂が入っているかと思います。今でも十分使えるはずですからどうぞ利用してください。

 詳しい内容と申込先はこちらです。

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August 18, 2013

新刊案内 蘭印戦跡紀行

郵便学者の内藤陽介さんから新刊案内が届きましたのでご紹介します(椙山)

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★★★★★★★★★★ 郵便学者・内藤陽介の最新刊 ★★★★★★★★★★★
 
『蘭印戦跡紀行』
 
 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、
 そんな風に説明してくれた。(本文より)



南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。

日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 
 彩流社(本体2500円+税) 好評発売中
 版元サイト http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-1910-1.html
 
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
 
平素は郵便学者・内藤陽介の活動にさまざまなご支援・ご協力を賜り、誠にありがとうございます。
 
 さて、このたび、8月17日付で彩流社より切手紀行シリーズ第6巻として、拙著『蘭印戦跡紀行:インドネシアに「日本」を見に行く』を上梓いたしましたので、刊行のご挨拶を申し上げます。
 
 切手紀行シリーズは、切手や絵葉書を手掛かりに、世界各地を実際に歩いて内藤が見聞し、考えたことをまとめる新しいタイプの紀行書で、切手と歴史と旅を組み合わせた漫遊記ならぬ漫郵記の本です。 シリーズ6作目の『蘭印戦跡紀行』は雑誌『キュリオマガジン』2013年3月号から同8月号まで、月1回のペースで連載した「蘭印戦跡めぐり」をベースに、大幅に加筆して制作しました。



 昨今、中国や韓国との「歴史認識」の齟齬が問題となっております。もちろん、異民族による支配・占領の体験は誰にとっても愉快なことであろうはずはないのですが、東南アジア諸国の中には、日本軍による占領の体験を糧に自ら独立を勝ち取った国々も少なくありません。今回の主題となっているインドネシアはまさにそうした国の典型であり、現在なお、日本の占領時代を懐かしむ老人たちも少なくありません。そうした彼らの日本に対する視線を具体的に知ろうとすることは、ともすると中国・韓国からの視点一辺倒になりがちな「日本を見るアジアの目」を相対化するうえで重要なことなのではないかと思います。



 あわせて、本書は、かつての蘭印(オランダ領東インド)と呼ばれていた時代から、独立後現在にいたるまでのインドネシアの状況や歴史を示す絵葉書や切手などの図版を、オールカラーでご紹介したヴィジュアル通史としてもご利用いただけるような構成になっており、 具体的には

 ・「空の神兵」の舞台となったパレンバンの現状は?
 ・古都ジョグジャカルタの中心部に登場した巨大な鳥居の意味は? 

 ・スマトラ沖地震で大きな被害を受けたアチェの人々の親日感情の理由は?
 ・ロンボク島(バリ島の東隣)の老婆が褒める「日本の兵隊さんの良い仕事」とは?
 ・インドネシア独立の英雄の銅像が市ヶ谷の防衛省の敷地に立っている理由は?

といった話題も含まれています。



 オールカラーで、自分でいうのも変ですが、かなり綺麗に仕上がっていると思いますので、今後、書店の店頭などで実物をご覧になりましたら、ぜひ、お手にとってご覧いただけると幸いです。



 なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したいという方は、ご連絡いただければ資料をお送りいたします。また、本件についての、ご不明の点などにつきましては、下記連絡先(内藤)まで何なりとお問合せください。
 
 以上、不躾ながら、取り急ぎ用件のみにて失礼いたします。
 時節柄、ご慈愛ください。
 
内藤陽介拝 ブログ:http://yosukenaito.blog40.fc2.com/

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August 17, 2013

メランコリア・1514

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 デューラーの作品はいくつも切手になっています。彼が生きたのは日本で言えば室町時代。応仁の乱が終わって戦国時代に突入し、織田信長もまだ歴史に登場しないおよそ500年前です。にもかかわらず作品の多くが繰り返し切手原画に採用されているのは素晴らしいことです。
 図版の小型シートは銅版画の代表作のひとつ「メランコリア」。幾何学的で硬そうな不思議な物体、軟らかい肉感を伴って安らかに眠る犬、布の質感表現が巧みな天使など、一枚の画面にあらゆる種類のオブジェが描き込まれています。西欧の銅版画は500年前にすでに完成していたことを今に伝えています。
 この圧倒的な伝統の力があった上で西欧の凹版切手があるのです。スラニア彫刻の凹版切手はそのまさしくそのお手本です。写真かのようなリアルな表現以上に、ある種の神的な印象すら訴えてきます。

 紙幣、国債・公債、有価証券そして郵便切手に求められる凹版技術は、世界最初の郵便切手であるイギリスのブラック・ペニーの時点で第一には偽造防止目的でした。のちに美しさをも求められる時代になり、日本でも優秀な凹版彫刻師が育成されましたけれど、製造コストの高さから今では凹版切手自体がほとんど発行されていません。それゆえに美しい凹版切手の発行再開を望む声も多いのですけれど、私は多少異論を持っています。安易な凹版切手の発行には反対です。
 凹版彫刻はやはりヨーロッパのものです。いくら技術を習得してもスラニアのような精神性をも表現できるのは非常に困難だと思います。当のヨーロッパ各国でさえ難しいというのに、日本ではとてもとても畏れ多いことだと考えます。
 日本人以外の、例えばヨーロッパ人が歌舞伎に魅せられてこれを学んだとします。ですが、どんなに上達しても「お上手ですね」とは言われても本当の歌舞伎役者にはなれません。これと同じです。日本人がいくらがんばって凹版彫刻技術を身に付けたとしても所詮「お上手ですね」な切手しかできないのではないかと思います。日本人はやはり木版印刷であり、浮世絵、漫画の歴史の上に立った表現方法を追及するのが本筋だと考えます。日本切手における凹版切手の傑作と言われる平等院鳳凰堂の切手などですら、目の肥えたヨーロッパの人が見たら猿真似にしか見えないのではないかと謙虚に危惧しています。

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 なお、冒頭の図版はパチもん切手の濫発国で有名なモンゴルの発行です。没後450年にあたる1978年の追悼顕彰切手です。メランコリアを当時そのままに凹版で再現するだけの技術力があるはずもなく残念?当然?ながらオフセット印刷です。メランコリアを凹版彫刻で再現した切手やブラックプリント、プルーフ、エッセイ等は実在しているのでしょうか。存在するならぜひ拝見したいものです。

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August 15, 2013

ふたつの終戦記念日

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 うれしくないものをお見せすることにならざるをえないことを最初にお断りしておきます。図は68年前の今日、日本が無条件降伏したのを祝ってアメリカで作られた記念カバーです。カシェににある「V-J DAY」とはVictory over Japan Dayの略で対日戦勝記念日という意味です。実際は日本より先にドイツが降伏した5月8日をV-E Day、ヨーロッパ戦勝記念日と呼んでいたので、その流れでV-Jの呼び名も自然に発生していたようです。
 日本はまともな紙すらなかったこの時代に、敵地ではこのようなお遊び郵趣品が作られていたことになんとも言いようがありません。貼ってあるのもほんの一ヶ月前の7月11日に発行されたばかりの「アメリカ軍記念切手」の「硫黄島に星条旗を建てる海兵隊員」3セント切手です(全部で5種セットのうちの1枚)。その凹版切手の風格に比べ、当時の日本切手には裏糊も目打もない平版印刷(オフセット)だったのですから、あらゆる面での違いに暗然とさせられます。
 アメリカでは8月14日に日本の降伏が報じられました。そこでフォート・ハンター局(ニューヨーク州)でこの日の消印が押されました。その後、トルーマンは、降伏文書調印をもって日本が正式に降伏した9月2日をVJデーとする旨のラジオ演説を行いました。それを受けて同日の日付印も余白に空押しされました。
 よって、日本では8月15日を、アメリカなどは9月2日を終戦日としていることが多いようです。そのことを今に伝えているのがこの V-J Day記念カバーです。

 戦争はいけません。絶対に負けてはいけません。どんな手段を使ってでも勝たなくてはいけません。

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August 13, 2013

穴開きステーショナリー

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 バンコクの国際切手展に出張されていたマサスタンプこと山本誠之さんからご恵送いただきました。2バーツ額面の官製はがきの料額印面の回りに目打穴が穿孔されています。このはがきの存在は知っていましたけれど実物を目にしたのは初めてです。一体どういう理由なのか興味深いです。(消印の日付は2013.08.08)
 実はもう一点、ステーショナリーの目打穿孔例を所持しています。1987年のインプリントがあるガイアナのエログラムです。これもディーラーの篠原さんが偶然発見されたもので運良く私のところに納まってくれました。ガイアナは当時、内紛が続いていた政情不安な時期でもあり、こちらもなぜ穿孔が必要なのか全く不明です。
 いずれもご参考までに印面部分の拡大図を添えておきます。

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August 12, 2013

山陽小野田市を巡るマキシマムカード

 去る2013年7月31日、第16回日本ジャンボリー大会の小型印押印のために阿知須郵便局(山口市)に行きました。せっかくなので少し足を伸ばして山陽小野田市を北から南へと縦断する押印ツアーも敢行しました。あらかじめメールで記念スタンプは使用していないとの返答を頂いていた山陽小野田市歴史民俗資料館も、この機会に参観しておこうと軽い気持ちで立ち寄りました。それが計らずも良い結果に結びつきました。
 同館受付で市内の観光地、名刹を描いたポストカードを販売していました。ツヤなしのマット仕上げで記念押印の余白もあります。これなら自作マキシマムカードのこだわりポイントである「絵柄面に切手貼付・記念押印」が可能です。3種で100円というリーズナブルな価格ゆえに迷う余地はありませんでした。

◆徳利窯(小野田セメント)
 明治時代のセメント焼成の窯です。往時は4本あったらしいのですが現在はこの1本のみ保存されています。風景印を押してもらっていたら「すぐそこですから見に行かれませんか?」と局長さんに勧められました。もちろん見学に行きました。想像を超える巨大さです。ぜひ皆さんも足を運んでください。
(小野田本通南郵便局:徳利窯、小野田港)

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◆くぐり岩(本山岬)
 海水の浸食作用で穴が開いた奇岩です。
(小野田本山郵便局:本山岬・奇岩で知られるきららビーチ焼野、船、太陽、橋)

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◆きらら交流館(焼野海岸)
 県立の観光拠点施設です。立ち寄り湯も可能な温泉施設のほかに宿泊棟も備えていて平日なのに賑わっていました。温泉に入りたかったのは山々でしたが先を急ぐために断念し、カツ丼だけを頂いてきました。
 なお、小野田西之浜郵便局の某男性局員さん、彼がもうどうしようもない6番。「風景印などは公印なので職員以外は押せません」と力説されるのはごもっともなんですが、簡単なはずの欧文印でさえ局名表示が切手からはみ出す&写りが悪い下手っぴい。やむなくもう1枚50円切手を買い直し、押印のコツまで説明しているのにロクに聞いていなかったのでしょう、2回目も図版のようなお粗末さ。「これでいいでしょうか?」とおそるおそる聞いて来るので「いいです」と言いましたけれど、本当は「(上手に押せそうにないのでもう)いいです」というのが本音。がっかりです。
(小野田西之浜郵便局:竜王山公園のサクラ、きららビーチ焼野)

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◆発見:D欄字入り和文印
 小野田浜河内簡易郵便局の和文印がD欄字入りでした。現行印で私が確認した山口県内局ではこれが2局目です。A欄に一行表示で入りそうですから、これはちょっとしたお宝印かと思います。なお、1局目は既報のゆめタウン長府簡易郵便局です。

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August 04, 2013

長州奇兵隊150年

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 2013年7月23日、高杉晋作による奇兵隊の創設から満150年になるのを記念して各種カバーを製作してきました。ポストカードの交換をお願いしている方々には、功山寺を描く長府郵便局の風景印を押した記念カードをお送りしましたが、ごく少数のみ図のような多局印カバーを製作しました。その主旨は「下関市内にある高杉晋作を描くすべての風景印をコンプリートする」でした。
 東行記念館で「奇兵隊印」と刻まれた御朱印をカシェ部に押印して局巡りのスタートです。東行庵に近い下関吉田局から始まり小月、下関丸山、下関豊前田と回りました。
 また、東行記念館では高杉他の肖像写真もポストカードにして販売しています。せっかくなのでそれにも4局印を押しました。4局すべては無理にしても、下関吉田局は歩いて行ける距離にありますから東行庵に来られた方はぜひ風景印を押してメモリアルになさってください。
[関連記事:下関市立東行記念館

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 なお、風景印は公印の一種なので職員以外は押せませんと原則論をふりかざす局に限って押印がへたくそ極まりないという昨今の悪弊に悩まされました。5通のうち4通がなんとか成功したものの、向きが曲がったり押印位置がずれたりして自分用に残せそうなのはこの1通のみ。下関丸山局などしょっぱなの1通目の風景印がいきなり封筒の外にはみ出るというド下手。そのくせ自分からは絶対に弁償しますとは言いませんね。そんなこともあろうかと折り込み済みで多めに作っているわけですが、なんとも後味の悪い限りです。
 自分自身、今までに何度も何百通単位の押印サポートをしたことがありますが、風景印で失敗したことなど皆無に近いです。こんな簡単な作業を失敗するってどれだけ不器用なんでしょう。
 マーラーの交響曲第6番が「悲劇的」という邦題が付いていることから、仲間うちではそのようなヘタクソ局のことを「マラ6」とか「6番」と呼ぶことにしています。どうぞ、この符号を広めてください(笑)

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