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February 19, 2013

郵趣タイムズ第1号

2013022001

 山口市阿知須在住の中川進さんからご寄贈いただいた「郵趣タイムズ」をご覧にいれます。実は昨年のうちにお送りいただいていたもので、掲載がたいへん遅くなりましたことをお詫びいたします。
 さて、発行者の清水裕雄氏は、以前にご紹介したクック諸島のハリケーン救済加刷切手を貼った日本あてビジネスカバーの名宛人さんです。その清水さんが主幹をされていた切手新聞で、1955年(昭30)11月4日発行の創刊号です。後に1965年(昭40)頃「切手タイムズ」と改題され、しばらくして廃刊になったということです。
 創刊号のトップ記事は切手展NAPEX(ナペックス)についてです。この当時からすでに「国際展開催え(ママ)の試金石」という遠大な目的があったことがるる記されている点が興味深いですね。画像をクリックすると拡大画像のポップアップウィンドウが開きますのでぜひご熟読ください。また、NAPEXについては「日本郵趣協会四十年の歩み」(財団法人日本郵趣協会・1986)のP.21, 22に詳しい記述がありますのでその一部を引用します。郵趣タイムズの内容とほぼ一致していますね。

 1955年秋に名古屋で今井修(現名誉会員)が中心になり<NAPEX>が計画された。協会ではこれを盛大にするため、社会主義国郵政当局に出品を要請した。最初、反応はあまりおもわしくなかったが、開催直前になって、各国から、大量の出品が送られてきた。とくにルーマニアなどは、特注による木枠つきのりっぱな作品だった。このほか、出品国はソ連、ポーランド、中国、ハンガリー、ブルガリア、朝鮮など、社会主義国のほとんどすべてにのぼり、全リーフは大変な数になった。

 NAPEX会場はスペースが限られていたため、海外郵政から送られてきた出品物はそのごく一部を展示しただけでした。改めて翌1956年2月に東京神田の三省堂ギャラリーを皮切りに大阪、札幌、小倉で「人民諸国切手展」を協会が主催したのでした。
 折しも戦後日本はいわゆる「55年体制」に切り替わったまさにその年のことでありました。このタイミングで社会主義国切手展の開催ですから、後々まで政治的な意図・志向を勘ぐられてしまう原因にもなったようです。水原さんとはその晩年しか存じ上げませんけれど、この時の裏話を直接聞かせていただいたことがあります。実は最初から左寄りの切手展にする気はなかったそうです。アメリカやイギリスなどにも出品物を依頼したものの全く相手にされなかったのが真相だよと笑って仰っていました。人種差別が酷かった時代ですからさもありなん、です。しかし、この時のやりとりこそがその後の切手輸入のきっかけになったそうです。
 なるほどねえ〜、まだ戦後10年目で社会主義諸国も多少はマシだったのかもしれません。あるいはオーダーキャンセルによる外貨獲得(輸出)が既に始まっていたとすれば、社会主義国における切手ビジネスの一環としても理解できるのではないかとも思います。この当時の郵趣史はまだまだ埋もれていることがらが多いですね。

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