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August 19, 2012

阿蘇山頂郵便局の出世物語

2012081903

 これもかつては雑品、ゴミ扱いされていた中から掘り出し、平成7年には東京目白の切手の博物館で開催された切手展「天災、郵便そして切手」に採用されるという出世を果たしたアイテムです。
 1979年(昭54)9月6日、阿蘇山が爆発し観光客3人が死亡しました。自分も中学時代の修学旅行で山頂まで登り噴火口を覗き込んだ経験がある身ですのでたいへん驚きました。山頂郵便局も同時に一時閉鎖となりました。それを知らなかったのでしょう、これは北海道釧路市の某が風景印か何かの郵頼をした時の依頼信です(試行印:釧路58.7.30)。管轄の熊本・坊中局では「阿蘇山頂郵便局は五十四年の爆発以来一時閉局中です」と手書きした付せんを貼り、8月3日付の日付印を押して差出人に送り返しました。それが回り回って昭和時代の終り頃でしたでしょうか、私の目の前に現れたのでした。ルックスからしても、いかにも雑品扱いされる風体ですわなあ。
 ところが阪神淡路大震災を受けての上記切手展が企画された折、探してみると阿蘇山噴火の郵趣アイテムがまったく見当たりません。突然の噴火であり即時閉局、立ち入り禁止となったため、めぼしい郵趣関係品が残されなかったらしいことがその時になって初めて認識されたのでした。一人の収集家のほんのささいな思い違いが、こうして貴重な郵趣アイテムとして残されました。
 さらにこの話には続きがあります。山頂局廃止の告示が出たのは2007年(平19)3月20日、正式に廃局になったのは同月31日のこと。一時閉鎖から28年間も経過しています。その理由はなんと「廃止の告示を出すのを忘れていた」でした。
 同年10月1日の郵政民営化を控えて資産・財産の総点検をしている過程で告示もれが発覚したとのこと。いやはや、日本郵政民営化にも関わる郵趣アイテムという肩書きも加わったことでした。

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