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July 10, 2012

切手投機反対キャンペーンシール<守礼門>

2012071001    守礼門サンプル切手
  このシートは、沖縄で1958年に発
 行された<守礼門切手>を、原寸原
 色で再現した、サンプルです。
  ごく一部の悪徳投機業者によって
 この切手は勝手に値をつり上げられ
 ています。その投機に反対して作ら
 れたものです。無料で配布していま
 すから、お互いにお金で、このシー
 トを取引しないようにしましょう。

 有名レプリカ・シールの第2回目は「切手投機反対キャンペーンシール<守礼門>」です。青い文字でかくのごとき文面が裏面に印刷された沖縄・守礼門切手シールは良くも悪くもたいへん有名です。1972年(昭和47年)5月15日の沖縄本土復帰を控え、沖縄切手を投機の対象にしようとした切手商(とは言い難いのですが)の一派がいました。都内各地のデパートを会場として使い、何の知識もない一般の人でさえもが沖縄切手を投機目的で買い漁るように仕向けたのです。
 これに対し、当時の日本郵趣協会は1972年4月に緊急常任理事会を開いて、全国の会員に向けて、投機はいずれ失敗するから手を出さないようにとの警告を出しました。現在、確認されている最も早い反投機運動の記録です。
 その後も反対運動は続けられ、ついに1973年(昭和48年)5月25日に沖縄切手投機は崩壊しました。その運動の過程で作られたのがこの切手投機反対キャンペーンシール<守礼門>です。裏面の文面は明らかにジュニア・コレクター向けとなっています。切手投機に狂奔する大人の後ろ姿を見て射幸心にかられて追従しないようにというのが本シールの主たる対象者であったことは想像に難くありません。さらに、独特の句点の多用文はまたこれも明らかに水原明窓理事長の文体です。
 シールの出来ばえは本物と見紛うばかりの立派なものです。ただし、どのタイミングでどれほどの量が作られたものかについてははっきりしません。今も切手商さんの店頭でぽつぽつ見かけますので10万〜50万シートは作られたのではないかと想像しています。ちょうど1972年に郵便切手類模造等取締法が施行されているので、その法律との兼ね合いを語る上でも重要なアイテムであることは意外に認識されていません。委細をご存知の方がいらっしゃいましたらぜひお知らせください。

2012071002

 この反対運動の矢面に立たされたのが株式会社切手投資センターです。「旬刊切手投資」なる相場誌を発行して恣意的に架空の高値を吊り上げていた張本人だったからです。
 今から40年も昔のことながら、この連中の残した惨禍は今もなお日本郵趣界に大きな負の遺産を残しました。今でも初めて切手展を開催しようとすると、切手収集はただの子供の遊びか、そうでなければ金儲け目的のどちらかであろうとの拭いがたい差別的先入観・偏見との戦いを余儀なくされています。日本郵便の関係者ですら露骨な物言いをすることがあり、我々郵趣家の精神的苦痛はいまだに続いています。

2012071003 そんな憎き切手投資センターの封筒を左にご覧に入れます。消印は登戸51.12.24。同社の活動としては最後期に属する日付です。

 そしてつい昨年のことです。こんな倒産情報が報じられました。

平成23年(フ)第2804号
神奈川県川崎市多摩区登戸1780番地
債務者株式会社ユニバーサル・ゴールデンライフ
代表者代表取締役伊藤淳也
1 決定年月日時平成23年3月1日午前11時
2 主文債務者について破産手続を開始する。
3 破産管財人弁護士長屋憲一
4 財産状況報告集会・廃止意見聴取・計算報告の期日平成23年9月5日午後1時30分
東京地方裁判所民事第20部

 ここに記された伊藤淳也なる人物こそ、切手投資センターの経営者であり切手投機を仕掛けた人物です。時は流れて切手からコインにターゲットを移しながらも、同じような手法を繰り返していたようです。
 彼ももう還暦をとうに過ぎているはずです。このまま晩節を穢したまま消え去るのでありましょうか。それだけの才覚があって、もし正業にエネルギーを注いでいたならば、まったく違った人生を歩んでいたことでしょう。

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