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July 15, 2012

キプロス共和国と北キプロス・トルコ共和国

 マスコミ各社が報じていますように地中海の島国キプロス共和国が債務危機に陥っています。地理的にも軍事的な要衝で、ギリシャ・ローマの時代からさまざまな民族・国家が領有してきました。現代においては1960年に独立を果たしたもののギリシャ系とトルコ系の住民対立が激しく、ついに1974年7月15日、ギリシャ併合賛成派によるクーデターが発生。すかさずトルコ系住民の保護の名目でトルコ共和国軍が北部を占領しました。以後、国連が問題解決を計る仲介をしてきましたが進展はなく、1983年11月15日、業を煮やした北キプロス側が「北キプロス・トルコ共和国」として一方的に独立を宣言しました。国家承認をしている国はトルコ以外に無く、日本も承認をしていません。日本では「トルコ軍実効支配地域」というのが公式呼称となっています。

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 その一方の南キプロスこと現キプロス共和国は国際承認を受けています。それだけでなく2008年1月1日からマルタとともにユーロ圏への加入が許されました。上はその加入日当日に発行されたユーロ加盟記念切手です。キプロス(左)とマルタ(右)の共同発行で図案はともに女神アフロディーテ像(キプロス)と眠れる貴婦人の像(マルタ)を題材にしています。キプロスはユーロとキプロス・ポンド、マルタもユーロとマルタ・リラの二重通貨表記となっています。この図案はいかにもヨーロッパ文明の源泉である地中海文明の継承者であるかのような意図がありありと伺えます。もう一方の北キプロスは一体どのような心情で見ていたことでしょうか。

 その南のキプロス共和国がユーロ圏加盟後わずか5年で債務危機に陥りました。もともと国家として自立できるほどの経済力はなくギリシャ経済に依存していたのが当のギリシャ自身が破産寸前。債権放棄のあおりを受けてキプロスまでが巻き添えになったという構図です。
 EUの対ギリシャ金融政策の厳しさをじっと観察していたキプロスは、EU圏への投資経由地として多数の企業が進出しているロシアにも経済支援を求めているというのが話をややこしくしています。キプロスにしてみれば一種のリスクヘッジであると同時にEUからの支援を有利に進めるための駆け引きでもあります。相当嫌らしいこずるい手法なのですがEUも面と向かって批判はしにくい。
 しかし、どうもキプロスはいけすかない野郎だという気がします。もともと南北分断のきっかけを作ったのは南のクーデターが発端です。2004年に国連が示した連邦制による再統合案の国民投票もキプロスの反対多数で否決。常にヨーロッパ中華思想が見え隠れしているのはキプロスの方であってなかば傲慢な印象すら受けます。
 軍事占領を続けているトルコもまたEU加盟を拒まれています。建国の父アタチュルクの時代より政教分離の世俗主義を国是としていながらも、国民の大多数がイスラム教徒であることでEUの言う「ヨーロッパとしての共通の価値観」が共有できないとみられていること、そしてまさにこの北キプロス・トルコ共和国問題が軛(くびき)となっています。対ロシア・対中東方面への軍事拠点として国内に基地を確保し続けたいアメリカの思惑もあって、なんとか加盟させてやってくれとアメリカもずいぶん後押ししているとともに、トルコもまた態度を軟化させています。にも関わらずEUは実現不可能な要求ばかりするくせに自分たちは一切妥協しようとしない、というのがトルコ側の心情です。さもありなん、です。

2012071502 郵趣面でもキプロスの嫌らしさは常々感じています。鉄条網に囲まれた悲しき少女の図案を用いた難民救済基金切手を毎年発行しています。その実例を左に6点ばかりご覧にいれます。最低額面相当の強制貼付切手として発行され続け、ユーロ圏加盟後の現在もそれが続いています。自分たちこそが被害者であるかのようなこの図案、メディアとしての郵便切手、その悪しきプロパガンダの実例だと私は思うのですが。

 北キプロスは1983年の独立宣言以前はキプロス連邦トルコ人共和国と名乗り「KIBRUS TURK YONETIMI」後に「KIBRIS TURK FEDERE DEVLETI POSTALARI」と表示された独自切手を発行していました。独立宣言以後は北キプロス・トルコ共和国と改称し「KUZEY KIBRIS TURK CUMHURIYETI」表示となりました。冒頭のようにトルコ以外に国家承認されていないので万国郵便連合(UPU)にも加盟していません。ですから、国際法的にはいわゆる郵便切手ではありません。しかし、実際に郵便に使われている例は決して少なくないのが郵趣の面白いところです。
 上がキプロス連邦トルコ人共和国時代の1982年に発行された「婚礼」30TL切手です。LEFKOSA(レフコシャ、首都。英語名ニコシア)局1984年8月28日の消印が押されたイギリスあて帯封(ラッパー)です。下は北キプロス・トルコ共和国になった後の切手貼り、GAZIMAGUSA(ガーズィマウサ。英語名ファマグスタ)局1997年5月5日の消印が押された日本あて航空便です。いずれも実際に送達されています。これはどうしたことでしょう。
 差し出された国際郵便物はすべてトルコに送られます。トルコは国際法上国家として認められていますので、この段階で北キプロス差し出しの郵便物も一緒に国際郵便ルートに乗せられたら現実問題として区別するのは不可能です。もし自分あてに届くようなことがあれば、切手無効につき料金不足の処理を自ら申し出てやろうと思っているところです。

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