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June 22, 2012

広重・錦帯橋切手リターンズ

2012062203

 今年2012年から始まる「浮世絵シリーズ」第1集の図案発表が行われました。極めて個人的なことですが、私の郵趣活動の歴史に欠くことのできない場所である東京都調布市に直接関係ある図案の「風流六玉川(ふうりゅうむたまがわ)調布玉川(ちょうふのたまがわ)」(菊川英山筆)を発見してびっくり。しかし、それよりもトピックだったのが「六十余州名所図会(ろくじゅうよしゅうめいしょずえ)周防(すおう)岩国錦帯橋(いわくにきんたいきょう)」です。初代広重の手によるもので、図の通り既に一度切手に取り上げられてるからです。時は1953年(昭和28年)5月3日、観光地百選シリーズのしんがりとなる第10集として2種発行されたうちの10円切手が広重の版画でした。やや長くなりますが詳しくご説明しましょう。

 1950年(昭和25年)、毎日新聞社主催による全国からのはがき投票で選ばれた10部門の各1位を切手にしたのが観光地百選シリーズです。
 最終的に寄せられたはがきの総数は7750万854通にも及びました。これは郵政省の当初予想5000万通を大幅に上回るもので、当時の年賀状の取扱量が約1億通であったことを考えると極めて大きな数でした。人気投票の結果をそのまま切手化することに対する反対論もありましたが、郵政省に莫大な利益をもたらしたことからそれら良識的な異論は退けられました。
 ところが建造物部門で堂々の第一位を獲得した錦帯橋に予想外の大問題が発生。投票締切直前の1950年9月14日、錦帯橋がキジア台風によって流失してしまったからです。実物が消滅してしまったものを切手にすることに対してクレームが出されたのは山口県人の私でも然りと思います。そりゃそうだ。
 で、結局、錦帯橋の再建に合わせて発行するとの方針が採られました。第9集が発行された1951年10月から2年半以上も経ってからの発行となったのはそれが原因です。
 ただし、理由はわかりませんが2種発行されるうちの一方を版画にする方針が打ち出され、実行されました。他の観光地百選切手に同例はなく端的に異彩を放っています。とはいうものの、当時の日本に多色グラビア印刷の技術はありません。図のような茶色の単色グラビア印刷での発行となりました。
 それから59年、ほぼ60年と言っても良いでしょう、まったく同じ題材がフルカラーで再び日本の正刷切手として蘇ることになりました。はたして今の担当員氏はこの事実を承知されていらっしゃるでしょうか。
 技術はなくても職人魂で作られた昔の切手の方が風格を備えている事例は世界じゅうで散見される現象です。単色とフルカラー、はたしてどちらが切手としてすぐれていると評価されることになるでしょうか。浮世絵シリーズ第1集は8月1日発行です。

(注)参考文献:「濫造・濫発の時代」1946-1952 内藤陽介著

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