どこに点を打つべきか
左図を見たただけで私の言わんとすることがおわかりいただけるものでしょうか。今から30年も昔、仲間と始めた郵趣同人誌P.O.Box誌上でも何度か取り上げた「玉」の字の点の位置変化についてです。
上左は玉野局の和文機械印(S44)で3画の横棒の隣に点があります。上右は最も有名な玉島局の和文機械印(S44)で1画のそばに点があります。厳密には5画目の点の位置が違うと、いわゆる「玉」とは違う別の漢字(異字)になるのですが、今日に至るまで、意識的に操作されたものかどうか原因は解明されていません。
更に下のはがきに押された台湾植民地の玉里(S15)、これも点の位置が微妙ですね。はがきに押されていたので戦前の風景印かなと見越して購入したもののカタログに記載がありません。どうやら駅印の類のようです。この調子なら郵便印に限らず、さらに日本に限らず世界中の漢字圏で同様の書体変化が見られるのではないかと考えます。ここまでくると郵趣の範疇を超えそうですが、まあ、それでも良いのです、話が面白ければ!。
さて、先日パインスタンプさんから寄贈された雑品BOXからも同様の書体変化ファミリーを発見しました。こんどは国体の「国」の字です。この場合の点は7画目になります。
昭和49年(1974)の高校総体の各種小型印を押した私製カバーです。福岡局2種、久留米局3種の計5種の小型印すべてが3画目の脇に点がある国の異字です。デザインは違っていても当時の九州郵政局で一括して製作された小型印でしょうから、同一の変化が見られることはむしろ当然の現象だと思います。問題はこの異字で許可したことの根本、つまり「どこまで意識的に操作されたものか」に尽きると思います。この機会に過去のすべての「国」消印をチェックしてみませんか?。予想外の発見があるかもしれませんよ。

上図よりひとまわり小さな洋形7号に5種を押した同じ記念カバーの余部があります。この年末年始にそれらを含めて10点くらいをまとめて新春お楽しみミニオークションでもやろうかなと考えています。委細準備できましたら本ブログ上にアップロードしますのでお楽しみに!。





2011年11月14日、リヒテンシュタインが世界初のアートレーザー技術を使った中国切り絵風の年賀切手を発行しました。透かし彫りのように見える部分がすべてレーザーによる切り抜き(焼き切り)で加工されたものです。
しかし、郵便番号7桁制度を導入したのは1998年2月2日で既に13年も前のことになります。導入当初から95パーセントを超える非常に高い記載率であり、その現象もまたいかにも日本らしい律儀さだと感心したものです。その当初こそ自動読み取り区分機の設置が一部に限られていましたが、さすがに10年を経た今「住所も今まで通り全部書いて」的なことはもう言い募るべきではないでしょう。そもそも、7桁制度導入時のメリットとして、それさえ書いておけば都道府県・市町村・大字までを省略できますよと強調したのは日本郵便の側です。今ではそのことを忘れている人が多いようですが、実際に「郵便番号7桁+番地数字」だけで届きます。左のように自分宛にもよく使っています。
山口県立萩美術館・浦上記念館で始まったグエッリーノ・トラモンティ展を(Guerrino Tramonti)開催初日に見に行ってきました。一昨日の夜、山口市の実家に届け物をした際にTVでちらっと放送していたのをたまたま見まして。このチケットにも登場している猫の絵の、その眼差しと色彩にビビッときました。描かれた陶器やカンバスの背面を通して沸き上がって来たかのような深い色彩が印象的です。その実物をじっくり観察できたのはたいへん良かったです。
これを目にした時、こんなにテキトーにやっちゃって問題にならないんだろうかといぶかしく思いました。2006年発行のフィリピン・イギリス外交関係60周年記念切手です。1984年既発行「船」4種のうち1種(p7.20)に記念銘と新額面p26を青色の金属箔押しで加刷しただけの安直なものです。同じ年に
パインスタンプさんからの寄贈品からこんな小型印も発見してしまいました。図案は関門海峡と第29回国体記念切手を模したイラストで、消印の日付、昭49.10.20は国体切手の発行初日でもあります。ということでサッカー切手コレクターの皆さんにとっては、おそらく「無理に集める必要はないけれど、しかし、悩ましい存在」に写ることでしょう。この年の国体は茨城県が開催地なので、当然ながら同県内の小型印はきちんと収集・記録されているはず。ところがまったく無関係な本州西端の地でこんなものが使われていたことは、やはりノーマークではないだろうかと思いましたのでご報告する次第です。

モナ・リザ展と時を同じくして4月25日から30日の間、札幌丸井で美術切手展が開催されました。切手関係催事に熱心だった当時の北海道放送(HBC)が主催、北海道郵政局が後援という万全の体制でした。


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