HYPERな掘り出し物

パインスタンプさんからの寄贈品の中から掘り出したお宝アイテムもご紹介しなくてはいけません。ゾロ目・連番に代表される数字遊びの一環として「あと何日」といったカウントダウン物も集めています。ですから上も格好のコレクターズ・アイテムになりますね、私にとっては。
消印は豊平局47.6.23で、この日をもって昭和天皇の在位期間が16,618日となり、「昭和」が「明治」の長さに追いつきました。このことは当時のマスコミも報道していたようで、本便にも新聞の切り抜きが同封されていました。そして、興味深いのはこのカバーを作ったのは石狩趣友会の木川有(たもつ)さんだということです。郵趣歴・趣味誌歴の長い人はあっとびっくり!のハズ。自分もまた短期間ながら交流があります。何となくメールのやりとりも途絶えてしまいましたがお元気でありましょうか?。

左は8円カモシカ切手に立山山頂局の風景印を押した絵はがきです。右下に同山頂の雄山神社印が押され、実際に登山した証となっています。こうした移動地点や経由地が明確なハンコ類付きも好きで集めています。はがきなので郵便料金は本当は5円で良いのですが、冬山を意図して8円切手を使ったものでしょう。これを3円過納の欠陥品と断ずるものではなかろうと考えます。むしろ興味深いのは観光絵はがき自体に誤植があることです。絵はがきの写真は「新雪の室堂平と大日岳」なのですが、あろうことか室堂平を室土平と間違えています(赤矢印部分)。超有名な観光地であるだけに地名間違いはたいへん珍しいです。郵趣とは異なるものの、まあ、面白ければいいじゃないですか(笑)
右は現行切手党なら、これまたあっとびっくり!のはずです。昭和56年元旦から和文ローラー印の構造が変わりました。年号活字の「56」が今でも見られる縦長の丸ゴシック体で、これは年号更埴式活字の特徴です。隣の昭和55年の年号と見比べれば違いがはっきりしますね。55年までは年号を印顆に直接彫り込んであったので一年間しか使えませんでした。そこで年号表示も更埴式にして数年間にわたって長く使おう、経費を節減しようというのが目的です。
東京中央局をはじめとする全国の各中央郵便局などごく一部を除き、56年から全国一斉にこの更埴式に変わりました。ただし、欧文ローラー印は従前通りの直接彫刻方式のままでした。この記念押印物(私製はがきの裏面)は、そのことがすべて盛り込まれています。当時、年号表示の変更は特に報道発表されることもなかったので、情報を把握していた人はそんなに多くはなかったはずです。この郵趣品はたぶん「まぐれ当たり」アイテムだと類推されます。
なお、余録として欧文ローラー印の元旦印の方は、日活字「1」(アラビア数字)と月活字「I」(ローマ数字)が左右逆になった誤植印でもあります。下の大晦日印の並び「31.XII.80」と見比べれば更埴順のミスだとよくわかりますね。
そして最後に大収穫がありました。あの名画「モナ・リザ」が一度だけ日本に来たことがあります。それは1974年(昭和49年)のことでした。それを記念して下谷郵便局で記念小型印が使われました。当時、相当数が押印されたはずですが、やはり年月の経過はシビアなもので、探すとなるとこれが見つからない。日本より外国の方がモナ・リザ人気は高く、求める人にまったく行き渡っていない状態です。
それが図のように混入していたのみならず、別のモナ・リザ図案の小型印まで見つかりました。これはまた稿を改めてお話しすることにいたします。
パインスタンプさんから頂いた不要品ロットの仕分けが終わりました。不要品とは言え、たぶんまぐれ当りでしょうが本当のレア・アイテムも散見されました。そこでお礼の電話をかけ、これこれの逸品もありましたよと謝辞を述べるのは至極当然のことでありましょう。






そんなしがない頒布会崩れのFDCをなぜ買ったのか。それには様々な意味があります。
切手が余る?、はて、どういうことでしょう。それは左のシート構成を見ないことには意味がわかりません。この切手の種類は赤線で囲った6種。左上カドの1番切手位置から順に (1)東京文化会館大ホール (2)東京文化会館小ホール (3) トゥシューズと「白鳥の湖」のイメージ (4)オペラグラスと「椿姫」のイメージ (5)ピアノの鍵盤 (6)ヴァイオリン です。しかし、シート構成は10面で(3)〜(6)までがダブりになっています。従来通りの単片主義でFDCを作ると切手が余ってしまうわけです。そんな余りものを眺めていたら鍵盤切手だけを貼り並べてみることを思いつき、実際にやってみたらこれはこれでけっこうきれいに見えたので送ってみたんですよ、とのことでした。なるほど!。





画像を見ていただいただけで「は?」でしょう。アヴァンギャルドな発行政策も最早珍しくなくなったかのオーストリアが、来る2011年12月5日にこの追悼周年切手を発行します。有名な肖像画をトリミングしたとわかりますので、視覚工学的には記号としての役割はじゅうぶんに発揮しています。でもね、なにもご尊顔をがっつりはずすとはちょっとすごいね。これでGOサインを出した郵政当局も大胆不敵。

ノルウェー郵政フィラテリック・サービスから早々とクリスマスカードが届きました(左)。今日2011年11月11日に届くように計画的に行われたもので、消印も発行初日の11.11.2011が押されています。郵趣品の場合、こういった発行日前の事前押印(前押し)はよくあることです。



最初はドイツの同じく1900年ミレニアム記念はがきです。消印はPYRMONT局の1899年12月31日。カシェに大きく「1900」と表示されているので比較的に有名です。ちょくちょく見かけます。そんなに高いものではないので1枚は持っておきたいアイテムです。
2番目はこれもアルゼンチンのレターシートです。二つ折り・ホッチキス止めになったその内側にもう1通が入れ子になっているのがおわかりでしょうか。これ、返信用だそうです。
おしまいにジャマイカの官製はがきです。右上に赤印が押してあり、そこに「JAMAICA THREE PENCE PAID 1877」と表記されています。つまり、郵便局で郵便料金分の現金を払うと、その場でこの収納印を押して売ってくれるという仕組みです。収納印がなければただの紙きれ(笑)

東京から戻りましたら左図のカバーが届いていました。カバーの裏書きによると420円ノハナショウブ切手のコート紙(10面シート)の出現初日です、とのこと。左は京都から、右は東京の銀座からで日付はともに23年11月3日。JAPEX'11の前日ではありませんか。出発前の慌ただしい時に恐縮です。

切手を実際に非破壊検査にかけて成分分析を行ったそうです。左がその際の写真だということで紹介されていました。自分もまた以前から金箔切手をはじめとするさまざまな箔押し切手類については大いに疑義があると考えていました。しかし、実際にどのように調べればいいのかがわからず何も実行できないでいました。そこはそれ、餅は餅屋でさすが化学切手研究会さん、本物の博士の方々が勢揃いされているだけあって主要な金属箔切手の分析結果が示されていました。携帯カメラによる接写で見にくいのが恐縮ですが、以下のような結果が示されました。


その他、JAPEXでの収穫品披露の他、FSC会員さんから寄贈された自衛隊派遣カバーの分譲なども行います。また、コア過ぎる気もするのでご希望者のみになりますが、図のシール式宛名ラベル2種セットをお土産にご用意しました。

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