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November 18, 2011

100年後の111111

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 今年2011年1月20日の記事で上図をご紹介しました。ちょっと長くなりますが全文を引用します。

 私の曾祖父は戦前・戦後にかけてサンフランシスコ(桑港)で古美術商兼釣具店を経営しておりました。彼は当時最もポピュラーだった絵はがき収集を嗜んでいたおかげで、このはがきもその中に紛れ込んでいました。はい、わが椙山家の歴史を語る郵趣品でもあるのです。
 桑港に居た日系一世がすべてアメリカに帰化したわけではありません。功成り財を成した者のうち、かなりの人が、文字通り故郷に錦を飾るように日本に帰っていきました。差出人もそのひとりであり、文面は無事に帰り着いたことを知らせるとともに在米中の御礼が述べられています。横浜郵便局の和文櫛型印44.11.11と欧文櫛型印11.11.11がだぶって押されていますけれど,それに関して特に欠陥とは感じていません。
 太平洋戦争中にアリゾナの日系人収容所に押し込められた曾祖父は,よほど腹に据えかねたのでしょう、アリゾナ蘇鉄で作った杖にアメリカを憎む文言を彫り込み、それを平然と終生使っていたようです。身内ながら彼の精神に息づいていた明治人の気骨を好ましく思います。そして昭和32年,収容所時代の品は何一つ残さず破棄し、一方で大量の米ドルを証券化して(この辺がビジネスマンとして偉いと思います)日本に戻り、その生涯を全うしました。
 彼と同じように,戦争中の日系人差別が原因でアメリカに失望し,日本に戻った一世たちはかなりいたのではないかと感じます。ハワイだのブラジルだの日本人移民の周年記念切手は数多発行されていますが,社会的成功を手にしながらも、いわれなき理由による不運で自ら帰国の道を選んだ「成功者」のことも考えずにはいられません。
(引用おわり)

 そして100年後の2011年11月11日、子孫の私はなかば義務感を持って、かつて曾祖父が店を構えていた場所の現況画像をカシェにした記念カードを作りました。今はバンク・オブ・アメリカの支店が建っているここがストックトン・ストリートのNo.956です。この場所から最も近いチャイナタウン・ステーション郵便局で記念押印してもらいました。絵はがき収集家だった曾祖父への、切手収集家の私なりの時空を超えたメモリアルであります。

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(町並み画像はグーグル・アースから取材しました。この手法は特にお薦めしたいです!)


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