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September 2011

September 29, 2011

ソ連の1964年用年賀切手

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 日本ではほとんど知られていませんが、多民族国家であったことも影響しているのか、旧ソ連も古くから年賀切手を発行していました。図の日本宛カバーも差し出しは今のエストニアのタリン(Tallinn 22.1.64)です。中でもこの1964年用年賀3種は謎が多いです。
 まず、1963年12月12日に右上のクリスマスツリー・塔・ロケットを描く6kが発行されました。続いて12月20日にいかにもクリスマスっぽいけれども翌1964年の年号が入った残りの2種が発行されました。その計3種を完セット貼りしたカバーということになります。
 その後発行の2種が妙なのです。4kも6kも同一図案で部分的なエンボス加工も一緒。ただし、6k切手だけ赤色がUV反応インクで、ブラックライトを照射すると反応して発光します。4kは無反応です。スキャン画像では6kの方がくすんでいますけれど実際は正反対、こちらの方が蛍光ピンクのような鮮やかさです。スキャンでは正確な色彩再現ができません。
 3種も発行しているだけでも謎なのにこの蛍光反応の違いは何なのでしょうね。確実に何らかの意図を持っているはずながら詳細不明です。東欧関係に強いコレクターさんにぜひ解明していただきたいです。

(追記)エスペラント語表記による宛名書き。裏面に博多局の到着印1964.1.30の欧文三日月印あり。


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September 27, 2011

紙ものコレクションの超カンタン整理法

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 自分は30年超のプロパー郵趣家です。切手の「収集」と「整理」は車の両輪のように大切ですが、経験的にそれぞれ異なる資質・思考・行動様式が求められているように感じます。特に日本人コレクターは真面目過ぎるのが災いし、手間ひまをかけ過ぎて整理が追いつかず、結局どこに何があるかわからなくなる自滅型も少なくありません。整理はとにかくスピードが大切です。ここでは切手類の整理について述べてはいますが、他の紙もの系コレクターの方にも十分に応用が効くと思います。なお、使用する整理用品の購入先は文末にまとめて記しておきます。

 まず、私はいわゆるアルバムリーフというものを一切作りません。図1のようにすべてストックリーフが標準で、これに収集品を格納しリーフ自体にも直接書き込みをします。リーフは保存用品であると同時に3〜5年に一度は交換する消耗品であるとも考えています。日本は湿度が高い気候なので、いかにストックリーフといえども劣化は避けられません。これを惜しんでいると収集品自体が悪影響を受けるので交換に躊躇はいたしません。これが第1のポイント、日本ならではの必須要領です。
 これを図2のようにファイルケースに入れます。収納品のタイトルを書いたタックラベルを貼って、これで整理完了です。ストックリーフの手持ちがなくなった時はブツをそのまま突っ込んでおきます。これなら買ってきたその日に全部整理してしまうことも可能ですね。冗談ではなくて、これで本当に終りです。さしあたってとにかく放り込んでおくのが第2のポイントです。

11092704(1)ファイルケース 100均で購入
(2)タックラベル  同上
(3)ストックリーフ
  郵趣サービス社製

 このうち(3)は前述のようになければないでもかまいません。しかし、できるだけ使った方が後の作業が楽になります。
 収集が進むと成り行きでケースが一杯になる、2〜3ケースに増えるなどしますね。その時に初めて本格的な切手アルバムであるボストークアルバムに移し替えます。その際、既にストックリーフに納めてさえあれば、同じ規格の3ツ穴バインダーですからすんなり引っ越しが完了します。下図のように最初はファイルケース、量が増えたらアルバムと「器」は違えど同じ書架に並列して格納しておくことができます。アルバムにもやはり見出しを書き込んだタックラベルを貼っておくと一目瞭然です。

11092705 真面目な性格から緻密な分類をしてしまう人も多いですが(それは本当はよくないことなんですが)せめて外から見えさえすれば混乱を最小限に防ぐことができます。混乱の原因は実に簡単明瞭で、緻密な分類軸を立ててしまうと、それを設定した当人自身が忘れてしまいがちだからです。
 それをレスキューするには「1テーマ・1ファイル」の原則を堅持し、異なるテーマを絶対に同じファイルに入れないことを大前提とし、外から見える見出しを付けてください。つまり、第3のポイントは収納品が外から一目で見えることです。

 簡単にまとめますと、(1)ストックリーフを惜しまず最大限に活用し、(2)何はさておきファイルケースに入れ、(3)必ず見出しを付けて外から一目でわかるようにする、です。これが基本システムです。これならパソコンを使えない人でも容易なはずです。

 では、細かい注意点を列記しておきます。

 この方法だと切手に限らずあらゆる紙もの、薄物をダイナミックに整理・格納することができます。その際にファイルには必ず具体的なテーマ名をつけてください。1点しかモノがない場合であっても、です。うっかり「その他」とやると結局何が入っているかわからなくなるので厳禁です。100均でファイルケースがいくらでも買える時代になったのですからケチってはいけません。それに、考えが変わってテーマの統廃合をする時もファイルケースのラベルを貼り変えればいくらでもリユースできるではありませんか。

 格納する「器」の方を先に決めているわけですから、これに入らないサイズの大きなものは集めないという考え方もまんざら非現実的ではありません。本当に必要なものかどうかよく考えて。どうしてもというアイテムでしたらやむをえませんが、そのかわりに管理方法が変わります。大判ファイルを使って格納し、なおかつデータベースソフトによるPC管理が欠かせません。その話は上級クラスになるのでここでは割愛します。

 ファイルケースもまた万全ではありません。外から見えるように半透明な材質であることがそのまま弱点でもあります。それは紫外線を通してしまうことです。よってオープン書架ではなく図のように扉の付いた開閉式のものを使ってください。DIYショップで5,000〜8,000円程度のものでけっこうです。

 本格的なアルバムに移す時は箱の付いたバインダーを使ってください。紫外線と同じく埃も大敵なので、私などはバインダー本体よりもダストケース(箱)の堅牢さにお金を払っているつもりです。お勧めはスターバインダーです。ユニバインダー、ルナバインダーでも構いませんが、自分はどのダストケースで納得できるかよく検討してください。

 ファイルケースやアルバムは必ず立ててください。横置き、平積みは湿気が籠るのでこれも厳禁です。

 扉付きの書架を3本くらい買って来て、そのキャパシティーを超えるものは集めないと宣言するのも同居する家族の理解を得るコツです。何か新しいものを集めたくなったら、その場所を確保するために旧蔵品の一部を処分しましょう。その際もファイルケース、アルバムバインダーをそのまま引っこ抜いて切手商さんに預けます。その時には最早、本人にしかわからない細かい分類など意味がありません。評価・買い入れする側にしてみれば、おおまかな分類だけれどもそこに全部入っていることの方が助かります。同じ収集家どうしに譲り渡す場合も同じです。

 根本的なことを言えば、日本で郵趣に向いた気候は北海道しかないと考えていいでしょう。それ以外はほぼ湿気の多い温帯モンスーン気候なので、切手を格納するのは、直射日光が当らず風通しが良い2階以上の部屋が理想です。書架にはムシューダなどの防虫剤も入れておいてください。梅雨時には除湿剤を書架に入れて扉を閉め、目張りして一切開けない人もいます。梅雨が明けたら乾燥した日にアルバムを広げて風を通します。四畳半や六畳の密閉性の高い切手格納部屋をあつらえて24時間態勢でエアコンを稼働させている人もいますし、それは決して絵空事ではありません。日本よりもさらに多湿な気候の東南アジア方面にお住まいのトップコレクターはよくそうされています。さらに数百万円以上のレアアイテムであれば、空調完備の銀行の貸金庫がセキュリティー面でも安心です。各自、身の丈に合った保存環境を設定してください。

【切手収集は状態保全が最重要】
 処分するために切手商さんに持ち込まれる切手コレクションを傍で見せてもらうと、高い切手があるか、完集してあるかどうかよりも状態の悪さが最初に目につきます。切手収集趣味のない素人さんがほぼ100パーセントの確率で見落としているのがまさにそこです。
 とにかく状態に対する気遣いがないので切手を手でじかに触って指紋だらけ。当然ながら前述のような保存技術も知らず、その結果、おじいちゃんの集めた切手が何十年も押し入れの奥で平積みされてシミだらけ。古美術の世界では「古色が付く」といって古びた風合いを歓迎する向きもあるようですが、郵趣ではそれは一切ありません。英語では「Post Office Fresh」と言い、郵便局で売り出された時の新鮮な状態を保っていることを意味する表現があるほどです。
 切手には基本的に裏糊があります。現代のPVA糊が開発される以前は、そもそも裏糊が大気中の湿気を吸い寄せる性質を持っていましたから、郵趣家の保存技術がずば抜けているのは当然です。その技術を会得していれば、他ジャンルの紙ものも難なく扱えます。ぜひ参考になさってください。

【アナログからデジタルへ】
 以上は分類・格納の基本システムです。ここまでは完璧にアナログな方法ですね。私はこれにデータベースソフトを使ったPCによるデジタル管理を加えています。それにより、いちいち書架を開けて探さなくてもどこに何があるか、同一テーマ品は他にいくつあるか、その金額的な評価、合計金額はいくらか等々を統合して管理しています。それらは文字で説明し切れることではありませんので、興味のある方は個別にご相談ください。または講演会などでご説明したいと思います。

【基本的な整理用品のご案内】
 以下はいずれも郵趣サービス社製です。同社オンラインショプまたは同社の代理店指定を受けている全国の切手商で入手できます。

・ストックリーフ(1段〜7段まで各種あり)
 http://www.yushu.co.jp/shop/c/c400103/
・アルバムバインダー(ボストークアルバム)
 http://www.yushu.co.jp/shop/c/c400105/
 


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世界最初のキノコ切手の謎

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 さまざまなテーマの初物(はつもの)切手も集めています。図はそのひとつで世界最初のキノコ切手です。ルーマニアが1958年7月30日に発行した10種セットです。今の感覚で見れば紙の漂白技術がいまひとつでくすんでいますが、これに平版印刷のテイストがうまくマッチしていて、不思議な魅力を感じさせます。ありがたいことに半世紀以上も昔の切手なのにお値段は非常にお手軽です。未使用セットでも1000円しませんし、使用済も豊富に残されています。
 ところが、これの初日カバーがないという説があるのです。キノコ切手収集の大家・杉山直儀(ただよし)氏によると、この切手のFDCは入手はおろか見たこともないと郵趣1986年12月号P.82-83で述べられているのです。その理由までは明記されていませんが、不思議なこともあるものだと強い印象とともに記憶していました。
 冷静に考えますと記事が書かれた1986年は東側の社会主義国体制がいまだ盤石な時期です。ソ連の崩壊と連動するように反社会主義革命が起き、郵趣品もまた強い通貨に吸い寄せられるように西側に流れ出るには至っていません(ルーマニア革命が峠を越えたのはチャウシェスク大統領夫妻が射殺された1989年12月25日)。さらに現在のようなインターネット・オークションもまだ盛んではなく、外国切手類の個人輸入もあまり期待できない時代であったことも考慮すれば、現在ではまた違った判断になるのではないかと想像できます。
 そこへ先週末に周南市で開催された西中国地方切手のつどいで2通の実逓FDCが出てきました。扱ったのはお馴染みパインスタンプさん。全種貼りではないものの、まずまずの状態のものはアオヤマスタンプさんにお譲りしました。残るもう一通が下です。凄まじい汚損・棄損状態で、補修ラベルがびっしり貼り回されています。最高額面券種の2LAI切手も貼ってあるとは言え、日本宛の書留便にしては悪意があるのではないかとさえ疑いたくなるような姿。普通はこういうカバーはおよそ無価値なものですけれど、考えるところがあり、あえてこの満身創痍の方を選びました。
 初日印はブカレストの1958.7.30です。しかし、余白に押されたCLUJ 2局の日付は約10ヶ月後の1959.3.5です。裏面に押された博多局の到着印は1959.3.17ですし日付印の誤植ではないだろうと。では10ヶ月もの空白期間は一体何だったのでしょう。何か深刻な事件や事故でもあったのでしょうか。その謎ゆえにこちらの方を私は選んだのです。どなたか、謎を解いてはいただけませんか?。

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(ebayを見ても確かにFDCは見当たりません。非初日のマキシマムカードもえらい高いですね。一体どういう事情なのでしょう???)


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September 26, 2011

ファンタスティック・スタンプクラブ(FSC)第3回例会

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 春のスタンプショウに続きJAPEX'11の「切手の集い」でFSCの第3回例会を開催することが決定しました。前回同様、ファンタスティックで面白いコレクションをお持ち寄りください(強制はしていません)。制限時間が90分ですから高尚である必要はありません。5〜10分程度のお話の方が向いているかと思います。参加資格など制限は一切ありません。途中参加・退席も問いません。
 なお、時間割がちょうど最終枠ですので例会終了後にそのまま宴席になだれ込みませんか?。

◆開催場所
 JAPEX'11会場のサンシャインシティ・文化会館2F
 打合せスペースA
◆日 時
 2011年11月5日(土)16:00〜17:30
◆参加費
 一人100円
(前回までは無料でしたが協会本部に支払う会場費の一部をご負担ください)

<お願い>
 参加予定の方は左欄の「メール送信」をクリックしていただき事前にご一報いただけると助かります。例会と宴会のおおよその人数を把握するのが目的ですから必須ではありません。
 また、会の活動を支える寄付金も常時受付中です。専用口座は以下の通りです。FSCのコンセプトはこちらをご覧ください。

 西京銀行・富田支店(とんだしてん)口座番号2040042
 エフエスシー スギヤマテツタロウ

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September 18, 2011

旧谷信勝コレクション無償分配(第7回/最終回)発送

11091804 旧谷信勝コレクション無償分配その第7回目にして最終回分の封詰め作業が完了しました。最終回は計8名でレターパック350が10通、定形外重量便2通の荷姿になりました。レターパック5通もしくは3通分お申し込みいただいていましたが、初参加の方を優先しました結果、どなたも数通分をお預かりすることになりました。同様の無償分配を今後も続けていきますからお楽しみにお待ちください。(一旦引き揚げたい方は返金しますのでご連絡ください)

 以下、発送数とお預かり数です。

・愛知県U.Hさん 発送数1(預かり残数4)
・大阪府A.Kさん 2(3)
・東京都H.Yさん 2(3)
・東京都A.Aさん 2(1)

 では、今から差し出してきます。お楽しみに!。


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差別郵趣

11091801 郵便切手は世界を写す鏡とは良く言ったもので、明確な目的を持って、あるいは図らずも意図せずして、各時代の様相を今に伝えるタイムマシンとしての働きをします。現代の諸問題も意外に古い時代にその根源があることも切手でよくわかります。そのネガティブなテーマのひとつとして人種差別問題があり、図の2枚は私が好んで引き合いに出す切手です。右の南アフリカ共和国の切手(1994)から元大統領ネルソン・マンデラ氏であることはどなたでもおわかりでしょうが、左の切手もまた同氏の肖像であることに軽い衝撃を覚えた方も多いと思います。
 ネルソン・マンデラ誕生70年を記念して、なんと旧ソ連が1988年に発行した記念切手です。氏は1962年8月に逮捕され、釈放されたのは28年後の1990年2月11日でした。本切手が発行された時はいまだ獄中にあったため、見慣れた晩年の白髪姿ではなく、若き反アパルトヘイト運動指導者の頃の肖像画しか描きようがなかったのです。私たちのほとんどは獄中から出てきた老人のマンデラ氏を見たのが初めてであって、それ以前は氏の名前すらろくに知らなかったはずです。かつての"あの"ソ連ですから政治的なあざとい下心を抜きにはできないものの、実際に切手を発行しているという実績は無視できるものではありません。
 更に氏が切手に登場したのはソ連切手が初めてではありません。国際人種差別反対年の1978年にケニアなどアフリカ諸国切手に既に登場しています。我が日本国においては人種差別自体が存在しないとでも言うのか、国連の制定年にもかかわらず記念切手の発行そのものがありませんでした。1919年、世界で初めて人種差別撤廃を国際連盟に提案した同じわが日本国とは思えません。

11091802 同様に一見して平等を装っていながらその実は上っ面だけの誤魔化しであることも郵趣の一断面から容易に透けて見えます。次に取り上げるのは言葉と宗教の問題です。1990年代のアメリカに端を発したポリティカル・コレクトネス(political correctness)がまさにそれです。言葉や用語に差別的な意味が含まれないよう政治的に正しい配慮をしようというものです。ここで例に出すのはクリスマス切手です。クリスマスはキリスト教徒のお祝いなので公平さを欠くからと2004年末の記者会見でブッシュ大統領が「メリー・クリスマス」ではなく「ハッピー・ホリデーズ」と発言したことが非常に有名です。この影響がいつ切手上に現れるかと思っていましたら2006年に現れました。左はミクロネシアが発行した5種セットのうちの1種で、実際はアメリカの切手代理発行会社によるエージェント切手です。図のように印面下部にHappy Holidayと表示されているものの、図案はどう見てもクリスマス以外に考えられません。このあたりがいかにもアメリカらしい欺瞞臭がふんぷんです。
 このクリスマス問題は歴史の否定であるという反対意見も根強く、容易に解決しそうにありません。当のアメリカ郵政公社などは、従来からのクリスマス切手に加えてユダヤ教のハヌカー祭切手、アフリカ系アメリカ人のクワンザ祭切手、イスラム教のイード切手、そしてアジア系の年賀切手を発行することで郵趣的には問題が沈静化したように思います。やはり言葉を言い換えるのは方便に過ぎなかったのでしょう。結局はそれぞれ固有の文化を表現する自由があってしか平等・公平を実感できないことを示していると思います。
 下図は1990年12月に差し出されたクリスマスメール(はがき)です。表にはHappy Holidaysと大書きしてありますが、裏面はばっちりクリスマス図案です。こうやって実物を見るとやっぱり違和感が拭えません。まやかしが透けて見えるとはまさにこのこと。むしろ、受取人は退役軍人さんなのに国連切手とは言え国旗シリーズのベトナムを貼ってることの方がちょっとどうかなと思われませんか?(笑)

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 昨日、フランス、ベルギーに続いてオランダも公の場でのイスラム教の女性が身につけるブルカを禁止したとのニュースが報じられました。わが国の在日外国人の参政権付与反対運動もまた然りです。しかし、郵趣をたしなんでいると相互主義という観点が第一に思い至ります。一方の主張をただ受け入れるのが公平ではないのです。例えば日本と他の某国との友好切手はお互いの国が同じテーマで発行し合ってこそフィフティー・フィフティーであることを私たち郵趣家はよく知っています。
 イスラムの国を訪問した時、外国人女性と言えどもブルカを強制されるのであれば、同様にその逆もまた然りでキリスト教国でブルカを禁止されてもやむをえません。在日外国人に参政権を付与するのであれば、海外に居る日本人にも現地国での参政権を保証されなくてはいけません。お互いがお互いの文化、社会的規範を尊敬の心をもって認め合うのが最も重要な観点です。
 この他にも喫煙者差別、女性差別などなど、郵趣には端的にそれらが現れます。切手収集という言葉の持つ響きが幼稚性を帯びているためか、このような意義深い側面があることに気付かない人が多いのは不幸なことです。自分が好んで「郵趣」「フィラテリー」という呼称を用いているのも(完全に納得している用語ではないものの)それが主たる理由です。


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September 16, 2011

山口国体の小型印

山口国体の小型印が発表されました。
詳細は下記をご参照ください。

http://www.post.japanpost.jp/stamp/kogata/

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どじょう宰相

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 山内和彦さんからお送りいただきました。完璧やね!。ありがとうございました。私のムダな講釈はやめまして、以下、通信文面を読んでいただくのがベストと存じます。

「泥臭く国民のために汗をかく
 どじょうの政治をとことんやりたい」
   民主党代表選の演説より(2011年8月29日)

 相田みつを美術館にて、絵葉書を見つけましたので、野田総理の所信表明演説の行われる本日、千葉県の野田郵便局(出身地とは無関係)より差し出します。この演説以降、来館者が急増、「どじょう」が収められている作品集「おかげさん」は増刷、元々商品になかった絵葉書は、9月初旬に急遽作成とのこと。
 どじょうの切手は安来節に小さく描かれている1種類だけあり、金魚はお馴染みの7円など。野田さんにもお送りしました。 2011年9月13日

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September 10, 2011

景観が変わる

11091005 このたびの台風12号により那智の滝周辺の岩石が崩壊する被害が出たとのニュースに接しました。主に滝つぼ周辺の景観が変わったとかで、自分のような素人目にはよくわかりません。左のように日本切手でもすでに登場していますし、世界遺産になるほどですから外国切手にも登場しているかもしれません(未確認)。切手に描かれた図案と実際の景観が異なるというのは時と場合によっては解決が難しいものですから、今後の対応を見守っていきたいです。
 また、右リンク欄にあります札幌日記録のyuaさんによりますと、昨日9月9日に発行されたふるさと切手・旅の風景シリーズ第13集に取り上げられている「能取湖(のとろこ)のアッケシソウ」も、今年は生育が悪くて切手のような一面の赤い景観は見られないとのこと。風景図案切手も想定外の課題がありますね。
 その最も有名な事例が国定公園シリーズ第1集の「佐渡弥彦」。切手、風景印、カシェのいずれにも大きく描かれている扇岩は現存していません。切手発行わずか7年後、高波によって崩壊してしまったからです。

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おいでませ山口国体・山口大会

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 ども!、山口県民は「おいでませ」なんて誰も言ってないよとじらをくっているスギヤマです。一行目から意味がわからなくて恐縮です。それが方言というものです。

 さて、山口国体こと第66回国民体育大会まで21日、山口大会こと第11回全国障害者スポーツ大会まで42日に迫ってきました。開催前競技の水泳なども既に始まっていますので、関連の郵趣アイテムをいくつかご紹介しておきます。
 上は前回の山口国体の時の初日カバーです。第18回国体で昭和38年の開催でした。自分はまだ2歳でありますのでまったく記憶はございません。カシェ写真はその時に建設された旧陸上競技場です。山口県土木建築部の設計管理のもと、陸上自衛隊の協力を得て1年5ヶ月の工期と、5億6,000万円の建設費を投じて造られました。ご存知の通り、今回の国体に合わせて建て替えとなり、事業費81.5億円で2011年3月19日に新競技場が完成しました。自分も本業の方で競技場の壁を造ったりしたことは既にお話しした通りです。
 この初日カバーは当時の中国郵趣連盟が発行したものです。現在の連盟の方達にとって先代にあたる世代の方々だそうです。実際は当時の中国郵政局が製作したものでしょうが、今では考えられないくらい熱心でたいへんけっこうなことです。切手ブームもありましたし、さぞや好評を以て迎えられたことでしょう。同一図案の特印も県内くまなく配備されたようで、図の山口・大田(現美祢市美東町)の他、山口、小郡、宇部等々の印が押された同じ初日カバーを散見します。郵趣家以外でも当時の山口国体に関わった方たちが今でもお持ちの可能性もかなり高いと思います。

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 では今回はどうかと言いますと、今月9月30日にふるさと切手として国体切手が発行されます。特段のことはなく、普通に郵便局の窓口で購入できるでしょう。しかし、押印に関してはかなり消極的です。郵頼では山口(事業会社)と山口中央(郵便局会社)の風景印を押すということですが、瑠璃光寺五重塔を描く風景印ではちょっと似つかわしくありません。小型印でも作れば良さそうなものですが、この時期になっても報道発表がないので、たぶん何もないのでしょう。(110917追記:小型印の使用が発表になりました。詳しくは http://www.post.japanpost.jp/stamp/kogata/index.php?p=1 を参照ください。)
 そのかわり、競技場のある維新百年記念公園に近い大歳(おおとし)と山口吉敷(やまぐちよしき)の2郵便局が、この9月1日に風景印を図案改正しました。ともに新競技場を描いたもので押印には最適です。おそらく初日カバーメーカー各社さんもきっちり押印されることでしょう。
 なお、大歳の方は違いがわかりにくいので補足説明しておきます。旧印は競技場ではなく同公園域内にある野外音楽堂「ビッグシェル」を主題にしたものです。ついでに、この音楽堂のすぐ裏手にある孔子杏壇講学像(孔子と弟子たちの像)を取り囲むように立っている9本の柱もまた私が製作・設置に関わりました。孔子廟まで造る予算もありませんし、そこまでやると宗教色が強過ぎるので、象徴として柱を建てることになった次第です。施工は技工団さんです。

 思い返せば新陸上競技場2Fの壁、競技場のワイヤーを引っ張っている基礎部に被せられたアンチ・クライミング・カバー、そして孔子柱や園内のあちこちに設置されている飼い犬のノグソ禁止看板など、自分もけっこういろいろ造っています。初日押印に行かれる方は、縁起担ぎのつもりであれこれ見物したり手でなでてやったりしてください。よろしくお願いいたします。

 え?、私ですか。会社を休んでまで押印に走り回る趣味はないので何もしませんよ(笑)。

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ソノシート貼りはがき

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 相互リンクをお願いしています「あずましい風に吹かれて」ブログさんの2011年9月6日の記事にソノシートを裏面に貼り付けたはがきが取り上げられています。はがきの中央にターンテーブル用の穴が開いています。私も同類品を持っていて、穴が開いたはがきゆえに単に変形郵便物のファイルに格納していました。しかし、同ブログによると、当時は定形外ではなく例外的に第2種郵便物と認められていたことを教わることになりました(現在はダメです)。これぞ郵趣ネットワークのありがたさであります。さっそくトラックバックも送らせて頂くことにしましょう。
 自分の所持品は明治生命の社用年賀状です。明治生命ゆえに「明治101年」などと表示しているなど、ずいぶん自由なことをしています。右下に小さく33と1/3回転と印刷してあり、機会と機材に恵まれれば再生してみたいものです。正規に認められた仕様なのですから変形郵便物のカテゴリに入れておくのはもったいないことです。わずかながら音声の出るレコード切手がありますので、それの仲間ということで格納先を変更することにしました。
 消印は葛飾の和文印で44.1.2。貼付切手は7円旧金魚の発光切手です。郵趣家便ではないようですし、県境に近いのでたまたま発光切手を購入・使用したものでしょう。


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山口県の近現代史と郵便

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 思えば我が椙山家は郵便、蒐集といったことと縁があるようです。曾祖父の椙山伊三郎は下関郵便局の窓口係をしていて、たまたま通りかかった女学生を見初めて嫁にしました。明治時代のことですからなんという剛胆なことでしょう。結婚後、独学で英語を学んで渡米し、苦労の末にサンフランシスコのウエブスター通りに杉山伊三郎商店を構えました。営業内容が釣具店兼古美術商というのですから、曾孫の自分が本業がアート関係、プライベートが郵便切手のコレクターことフィラテリストたるのも因縁と思えてなりません。
 上はその伊三郎宛の暑中見舞状です。アメリカのはがきに日本の消印とは不思議に見えますが、これが正しい使用例です。まず伊三郎が下関市の知人宛に国際往復はがきを送り、受取人は返信部を切り離して送り返したのです。その際、万国郵便連合(UPU)の取り決めにより、相手国の郵便制度で返送されることになっているので日本の郵便局の消印(山口・田部 23.8.2 山口縣)が押されたのです。伊三郎が当時盛んだった絵はがきコレクターでもあったので、この手の郵便物がうちにごろごろありましたけれど、一般的には少ない使用例であることは後に知りました。

 うちに限らず、山口県は郵便史においても他県にひけをとらない奥深さがあります。伊三郎が居たサンフランシスコをはじめ、県内各地から朝鮮、満州、南米へ、周防大島からは主にハワイへと渡っていった移民の生活をたどる郵便の研究は意味があるように思います。
 特筆すべきは中国の改革開放政策が進んだ結果、予想外の郵便物が陽の目を見るようになったことです。下は昭和37年に黒竜江省の日本人(日本人妻か?)に送られた郵便です。通信文は失われ、右に示した中国政府側の受付票らしき小さな紙片が残されているのみです。雨漏りでもしたのか、封筒全体に浸水汚れが広がっています。興味深いことに、この郵便物はどうも受取人には届いていなかったらしい、とは日本に里帰りさせてくれたディーラーさんの話です。改革開放の結果、経済力がついた、かの街も再開発で役所の建物が解体されることになりました。その際に出てきたゴミの中にあったものを現地中国人バイヤーが拾い上げ、幾多の幸運の末に私の許へと「復員」してきたのです。
 話はまだ続きます。なんと本便の差出人は山口県庁の世話課の池田なる県職員です。さりながら県庁銘の入った公式封筒を使わず、当時はまだ珍しかったはずの横書き洋式封筒を使っています。果たしてオフィシャルな業務の一環であったのか、否か。そもそも日中国交正常化前のことですから、一体どのようなルートで運ばれたものでしょうか。

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 郵便創業以来の山口県内の郵便印を収集・研究されている大家の方は複数いらっしゃいます。しかし、太平洋戦争をはさんだ近現代史の視点で取り組んでいるという方は残念ながら存じ上げません。移民以外でも国鉄の整備と国際路線化(関釜航路)、国策の炭坑・セメント産業(山陽小野田市・宇部市・美祢市)、戦後の進駐軍(英連邦軍)と在日米軍基地(岩国の米海兵隊)、朝鮮戦争との関係など多岐にわたります。それぞれのテーマが独自の奥行きを持っているため、個人の力では手が回らないというのが現実だと思います。
 一方、国内だけに目を向けても、昭和初期の食糧増産による漁業振興の痕跡も郵便から知ることができます。もちろん、これには長門市、下関市の捕鯨の歴史も含まれます。今では侘しい限界集落しか残っていない離島も、往時は漁業従事者で溢れ返っていました。その例として他県ではありますが、昭和3年に鹿児島県の東シナ海洋上に浮かぶ甑島(こしきじま)から山口高等商業学校(今の山口大学経済学部)あてに送られた昭和大礼(昭和天皇の即位)記念切手を貼った特印(記念印)付きのカバーを示します。当時の甑島はまさに漁業で大いに栄えた島ですし、記念切手も特印もきちんと配給・配備されていても何の不思議もありません。ただし、山口商業と一体どんな関係があったのでしょうか。切手屋さんの店頭でこれを見つけた時、思わず「なんで『かごしまこしきじまいむた』から山口に送ってんだ?」とつぶやいたところ、「どうして『鹿児島甑島藺牟田』をすらっと読めるの?!」とたいそう驚かれました。今では皆の意識からもいかに忘れ去られているかを物語っているようです。
 山口県の近現代史を扱う郵趣サークルができるのが理想です。ファンタスティック・スタンプクラブ(FSC)でそれをやってもいいですね。

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September 09, 2011

サンマーフェア

11090902_2 関東方面の即売会でも風景印・小型印のワゴンセールでちょいちょい見かけますし、どなたかがとっくに話題にされていても不思議ではないのですが・・・あのー、この「サンマーフェア」って「サマーフェア」の間違いじゃありません?。昭和25年ですしまだ英語がそんなに身近ではない。それでスペリングのSUMMERをローマ字読みしてサンマーって誤記したのではありませんか?。愛知方面の方、どなたかお調べ頂けませんか?。
(消印データは尾張大野25.7.25)


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September 08, 2011

「シュトルーベの三角点アーチ観測地点群」切手貼りはがき

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 勤務のためにフィンランド滞在中の木村正裕さんから2011年8月28日付の2通一組となるはがきが届きました。郵趣誌8月号でもとりあげました「シュトルーベの三角点アーチ観測地点群」切手貼りです。
 円形切手の中に同国の地図型切手が入れ子になっています。スリットが施されているので地図型だけを抜き取ることができます。中も外も第2種郵便用の等級表示があるのでそれぞれ別個に郵便使用可能です。注目すべきは地図左下に小さく見える白い島、これがオーランドです(赤矢印)。律儀にスリットが入っているので、これのみ抜き取ることができることを実際に証明してくださいました。実物はタテヨコ3ミリもない小さなセルフ糊式の紙片です。うっかり落としでもしたらたちまち見失ってしまいかねません。おそらく切手収集用ピンセットで丁寧に作業してくださったものとお察しします。加貼用低額面0.05ユーロ(5セント)丸十字切手の貼り合わせのセンスも抜群です!。ありがとうございました。

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September 07, 2011

謎の日系人アートマスター中野秀昭

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 アメリカでは美しいカシェを描く人およびその人が自作した初日カバーをアートマスターと呼んで楽しむ風があるようですね。今ではどなたもPCを駆使してプロ顔負けのカシェを描いていますけれど、パソコンのあけぼの期に手描きで独自の世界を表現した謎の日系アメリカ人がいました。その名を中野秀昭。Hideaki Nakano Local Postと呼ばれるそのカバー群をリサーチしている最中です。
 そのタッチはおよそ専門教育を受けたものとは思えない素朴さが漂います。おそらく自己流でありましょう。ただし、水木しげる、つげ義春を想わせる丁寧に描き込まれた描線には十分な表現力があります。そして何より秀逸なのはカシェ画題のアイデアです。
 E.T.が自分の星に向けてロケットを打ち上げようとしています。「家へ届け、家へ届け」と願いを呟いています。ロケットに貼られたE切手の下には「I AM HERE(ボクはここにいるよ)」と書き添えてもいます。しかし、傍らの少年が「その切手は国内郵便限定だから使えないよ」と。
 日本とは違って比較的早い時期に図案が発表されること。切手発行後に自分で切手を封筒に貼って指定局に郵頼すれば正式に(後押しで)初日印を押してくれることなど、時間的な余裕に恵まれているとは言え、優れたアイデアを絵にしてコピー印刷し手彩色を加えるなど、相当の意欲と力量が必要です。
 実は、ナカノ・ヒデアキFDCはこのようにわかりやすいものばかりではありません。批判が激烈で公の場に出すには憚られるもの、エロティックなものの方が多いのです。それらを来る10/22の講演会の大トリとして実物を何通かご覧に入れようと思っています。もちろん、トリを飾るわけですから話はこれだけでは終わりません。時空と場所を超えた驚きの事実があるのですが、それは講演会の時にじっくりお話しいたします。乞うご期待!。

【補足説明】
 カバーに貼られている無額面E切手は、1988年4月3日の国内料金22cから25cへの郵便料金値上げに備えて3月22日に発行されました。切手にも大きく赤い字でDomesticと印刷されています。また、オリジナルの穿孔穴H.Nもあけられています。


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September 03, 2011

新刊案内:日露戦争と昭和の戦争(1904-1945)

11090301 オープン切手展では常連の、というより同展が始まった2000年以来皆勤出品で知られる樋口豊さんの作品集が完成しました。本書では日本の戦争に係わる「日露500日戦争」、昭和の戦争「銃後」、「太平洋戦争」の3作品が採録されている関係で、自家出版では大冊の部類に属する215ページという分厚さ。非郵趣材料を50%まで使えることから視覚的にもたいへんやさしく、215ページを読了するのにさほどの時間も辛苦も伴いません。
 戦争は昔から日本郵趣の重要なテーマのひとつです。当時の軍事郵便だけでも往時の様子がタイムカプセルのように追体験できる特徴があります。これらを切手展作品としてどのように成立させるかという点においても、数多のフィラテリストたちが取り組んできました。それは伝統郵趣的、テーマチク的、あるいはまた政治的にもバランスをとるのが非常に難しいからです。作品に使われている様々な郵趣および非郵趣材料は同じでも、作品として何を語らせるかにおいて、樋口作品はひとつのスタンダードを開いたように私は感じます。軍事関係の知識が乏しい人々も、とにかくご覧になってください、途中で放り出すようなことにはなりませんよ、とお勧めします。
 個人的には日露戦争の理解の仕方に共感を覚えます。全世界がまだ帝国主義の時代にあって、当時、アジアで呻吟していた弱小ニッポン国の描き方を好ましく思いました。それから後の昭和の戦争時代になると、およそ同じ国とは思えないような変化が実際の作品材料のいちいちにも現れています。郵趣を嗜んでいらっしゃらない方々はずいぶんと驚かれることと思います。
 特に樋口作品は絵はがきの使い方が非常に巧いです。いかに大量に見、吟味してピックアップしているかがよくわかります。絵はがきを鑑賞するだけでも全体のストーリーがほぼ把握できますので、そんな鑑賞方法も楽しめるでしょう。
 オープン切手展ならではのリーフページをひとつだけご紹介しておきます。これがなぜ「ならでは」なのかは実際に本書を手に取って読み取ってください。1冊1,500円(送料込)です。メアドの公開等も事前許可を得ていますので、樋口さんに直接メールでお問い合わせください。

 樋口 豊 yhiguchi@mrh.biglobe.ne.jp

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