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September 29, 2011

ソ連の1964年用年賀切手

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 日本ではほとんど知られていませんが、多民族国家であったことも影響しているのか、旧ソ連も古くから年賀切手を発行していました。図の日本宛カバーも差し出しは今のエストニアのタリン(Tallinn 22.1.64)です。中でもこの1964年用年賀3種は謎が多いです。
 まず、1963年12月12日に右上のクリスマスツリー・塔・ロケットを描く6kが発行されました。続いて12月20日にいかにもクリスマスっぽいけれども翌1964年の年号が入った残りの2種が発行されました。その計3種を完セット貼りしたカバーということになります。
 その後発行の2種が妙なのです。4kも6kも同一図案で部分的なエンボス加工も一緒。ただし、6k切手だけ赤色がUV反応インクで、ブラックライトを照射すると反応して発光します。4kは無反応です。スキャン画像では6kの方がくすんでいますけれど実際は正反対、こちらの方が蛍光ピンクのような鮮やかさです。スキャンでは正確な色彩再現ができません。
 3種も発行しているだけでも謎なのにこの蛍光反応の違いは何なのでしょうね。確実に何らかの意図を持っているはずながら詳細不明です。東欧関係に強いコレクターさんにぜひ解明していただきたいです。

(追記)エスペラント語表記による宛名書き。裏面に博多局の到着印1964.1.30の欧文三日月印あり。


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Comments

内藤さん>なるほど、その視点はソ連の特殊性を説明する説得力がありますね。ありがとうございます。

Posted by: すぎやま | October 01, 2011 at 05:29 AM

 ソ連が新年を祝い、年賀切手を発行していたのは、多民族国家でアジア系もいるからというよりは、ロシア正教つぶしのためだったのではないかと思います。

 ロシア正教のユリウス暦だと、クリスマスは新暦の1月7日、新年は1月14日になります。ソ連当局としては、ロシア正教にまつわる行事はすべて抹殺してしまいたかったのでしょうが、さすがに、クリスマスも新年もどちらも完全に否定することはできず、代替措置が必要となったのでしょう。

 そこで、新年を他国とあわせて新暦1月1日で祝うようになったのが、ロシア革命後の1919年以降であったことを考えると、ユリウス暦、すなわち、正教会の影響力をそぐための措置だったように思えてなりません。年賀切手も、そうした文脈で発行された、一種のプロパガンダとみることも可能だと思います。

Posted by: 内藤陽介 | October 01, 2011 at 03:04 AM

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