« おもしろ&変り種切手のセール | Main | 沖縄終戦 »

June 21, 2011

追悼・岡田敬造さん

11062101

 扇子をあおぎながらニコニコ笑っているおじさんでした。
 こざっぱりとした身だしなみはあたかも噺家の師匠のようで、事実,たいへん上品な見事な江戸弁をお使いでした。その岡田敬造さんと初めてお目にかかったのは今から20年以上も前,1990年代初めの頃だったと思います。

 お店をご子弟に譲られて薬剤師をリタイア。改めて昔嗜んだ切手収集を再開しようとJPS調布支部(東京)にやってこられました。その時の印象は冒頭の通りで,それは私の中では今も変わることがありません。長い中断があったとは思えないほどの闊達ぶりで、あっという間に支部例会の雰囲気にも馴染み,いつのまにかシルバーサロンの役員にもなられていました。嫌味のない外交的なご性格と抜群の頭脳が奏功したのは明らか。後にJPS航空切手部会の設立メンバーのおひとりにも名前を連ねていらっしゃいました。
 調布支部の中では新参者だからと控えめに構えておられたのですが、発言や行動のふしぶしに冴えがある。よく笑われる方でしたが、その一方でものごとをよく観察しておられた。何より目が笑っていない。このおっちゃんはただ者ではないなと感じ,数年後、当時の支部役員全員に根回しして事前に了解を取り付けたうえで、支部長の私が直接、副支部長になっていただけるように口説き落としました。ご本人こそ一番驚いていましたが、この人事は我ながらうまくいったと思います。
 岡田さんもまた皆の期待によく応えて副長(新撰組ゆかりの地であることにちなんでそう呼んでいました)たる素晴らしい働きをしてくださいました。自分が東京を離れた後に調布支部がホスト役を勤めた「関東支部交流会」(当時の呼称)を盛況のうちに開催することができたのも、岡田さんの知恵と指導に依るところが少なくありませんでした。最も有能な副長であったと思います。

 今までどこにも書いていない逸話を記します。前記のJPS航空切手部会が発足したのは(何年だったか資料が手許にないのではっきりしませんが)とある年のJAPEXの特別例会でした。特別例会がすなわち発足例会で、岡田さんはその何ヶ月も前から、当時,新宿駅南口にあった郵趣会館に通って発足準備会を重ねておられました。そのことを調布支部でもたびたびお話され、また、発足に向けての案内やらお知らせ状が私のところにも送られてきていました。私が航空郵趣に特に興味があるわけではないことは百も承知のうえで支部長の私宛へアプローチがくるわけです。これはもう、あれですよ、お互い大人なんですから阿吽の呼吸で意味はわかります。
 発足例会の会場にお祝いに行きました。切手展の実行委員をやっていたため役務を放り出すわけにはいきませんから、簡単に挨拶を述べ,いくばくかのお祝い金を置いて早々に持ち場に戻りました。
 その日の催事が終わっていつもの居酒屋に行くと航空部会長氏と岡田さんがいらっしゃる。岡田さんはともかく部会長さんまでお出ましとは一体なにごとかと身構えてしまいました。二人揃ってニコニコしてるものですからそりゃあ怖い。いつの時代もお歴々の笑顔は意味深です。
 岡田さんがようやく説明してくださいました。部会発足のお知らせは東京・関東地域の全支部に送ったのだと。新しい部会ができるのだから地域のグループ、サークルもお祝いしてくれてしかるべきである。ところが発足例会に来てくれたのは調布支部の他には杉並支部だけ。しかも金一封まで持参してくれたのはうちだけだった。それだけに「おかげで調布支部員として面目が立った。肩で風を切って堂々と歩いてきたよ、ありがとう!」と超弩級の喜びよう。
 いや、あれだけ案内攻勢をかけられれば「金もってこい」という意味以外考えられないじゃないですか。もちろん、公金である支部予算からは支出できないので支部長たる自分のポケットマネーですと白状しました。今だから言いますが、これ、絶対に岡田さんの計略だったと思います。やられた!。

 じきに岡田さんは非常に長い収集歴をお持ちであることもわかってきました。上図は平成8年10月24日に開催された学生郵便切手会創立50周年記念パーティーの記念カバーです(谷信勝氏旧蔵品)。八田知雄、安達慧、絵鳩昌之などの大先輩の方々の中に岡田さんの直筆サインもあります。
 また、1995年暮、私は東京を離れて親戚筋の縁のある鹿児島に移りました。その時の餞別にいただいたのが下図です(部分抜粋)。民間貿易再開4円切手貼り初日カバーで、消印は東京中央郵便局の分室としてホテル東京内に開設されたTOKYO C.P.O.2局。日付は15.8.47 JAPAN(金属印)。切手発行と同一日の分室開設は、一説によるとGHQの便宜を計る目的であったとも言われています。当時、学生だった岡田さんがみずから出向いて記念押印されたものです。ここにも岡田さんの長いキャリアが伺えます。これを頂いて数年後、JPS鹿児島支部再結成式の時には故石川昭二郎さんなどと連れ立って遠路はるばる飛んできてくださいました。相変わらずの笑顔と扇子をたずさえて。

11062102

 岡田さんはまた非常に真面目で頑固でもありました。調布支部の若いメンバーたちが、それこそ若気の至りで岡田さんを激怒させてしまい,「今回ばかりはお許しを」と鹿児島からお詫びの電話をかけたこともあります。岡田さんのためにずいぶんと損な役回りも強いられてきました。おかげでそんなしんどい経験を仕事に、そして郵趣活動にも役立てることができました。80年のご生涯のうち,晩年の20有余年間だけのおつきあいでしたがたいへんお世話になりました。

 さようなら、火の玉ボーイ!

|

« おもしろ&変り種切手のセール | Main | 沖縄終戦 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46050/52008028

Listed below are links to weblogs that reference 追悼・岡田敬造さん:

« おもしろ&変り種切手のセール | Main | 沖縄終戦 »