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January 20, 2011

台湾民国暦のゾロ目印

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 右欄のTwitterでつぶやいておりましたように大型物件の納品が昨日でほぼ完了しました。正月明けから休みなしの連続15日勤務(それもほとんどが深夜勤)からやっと解放されました。年度末に向けてさらに忙しくなるのは折り込み済ながら、とりあえず一息つくことができました。その間に溜まった郵趣品がデスクに山積みで,これはこれでまた目に見える「仕事の山」です。ちょっとずつ切り崩していくしかありません。

 上図左は、またまたマサスタンプの山本誠之さんからご恵送いただいた台湾の99.9.9ゾロ目印です。中華民国が成立した西暦1912年を元年とする台湾民国暦では西暦2010年が99年にあたります。換算は西暦から1911を引くと民国暦になります。
 このように、いわゆるゾロ目・連番といった数字遊びであっても、全世界を対象にするとけっこう歯ごたえのある収集が楽しめます。参考までに上図右に旧西ドイツの8.8.88印(1988年8月8日)も掲げますが,つまり、郵趣家、消印コレクターの考えることは大袈裟に構えるほどの大差はないですよ、ということです。
 今年は2011年なので1並びのゾロ目印が楽しめます。前記の通り,西暦ですから日本のみならず全世界で何かしらのアイテムが作られることでしょう。お薦めはしますが、しかし、興味がない人はその手のモノを見かけたらぜひ私に転売してくださいね(笑)。というのも、100年前の11.11.11印こと1911年(明治44年)11月11日の外信はがきを所持しているからです。

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 私の曾祖父は戦前・戦後にかけてサンフランシスコ(桑港)で古美術商兼釣具店を自営しておりました。彼は当時最もポピュラーだった絵はがき収集を嗜んでいたおかげで、このはがきもその中に紛れ込んでいました。はい、わが椙山家の歴史を語る郵趣品でもあるのです。
 桑港に居た日系一世がすべてアメリカに帰化したわけではありません。功成り財を成した者のうち、かなりの人が、文字通り故郷に錦を飾るように日本に帰っていきました。差出人もそのひとりであり、文面は無事に帰り着いたことを知らせるとともに在米中の御礼が述べられています。横浜郵便局の和文櫛型印44.11.11と欧文櫛型印11.11.11がだぶって押されていますけれど,それに関して特に欠陥とは感じていません。
 太平洋戦争中にアリゾナの日系人収容所に押し込められた曾祖父は,よほど腹に据えかねたのでしょう、アリゾナ蘇鉄で作った杖にアメリカを憎む文言を彫り込み、それを平然と終生使っていたようです。身内ながら彼の精神に息づいていた明治人の気骨を好ましく思います。そして昭和32年,収容所時代の品は何一つ残さず破棄し、一方で大量の米ドルを証券化して(この辺がビジネスマンとして偉いと思います)日本に戻り、その生涯を全うしました。
 彼と同じように,戦争中の日系人差別が原因でアメリカに失望し,日本に戻った一世たちはかなりいたのではないかと感じます。ハワイだのブラジルだの日本人移民の周年記念切手は数多発行されていますが,社会的成功を手にしながらも、いわれなき理由による不運で自ら帰国の道を選んだ「成功者」のことも考えずにはいられません。

 ゾロ目印の話に戻します。山本さんから下の記念カバーも5通いただきました。1.1.11のゾロ目印と「100」.1.1の民国100年のジョイントカバーです。ファンタスティック・スタンプクラブ発足例会に余部を持参しますのでご希望の方はどうぞお求めください。会場費のタシにさせてもらいます。よろしくお願いします。

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