お手紙ワークショップ用の切手を寄付してください

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 使用済切手を使って栞やカレンダー、絵手紙、便箋などを作るお手紙ワークショップを支援しています。そんな工作用切手のご提供をお願いします。
 収集家の皆さんが見終わった後の不要切手で十分です。極端な傷モノ切手でなければ日本・外国切手の区別も問いません。ただし、ワークショップの皆さんは収集家ではありませんので水剥がしは大変そうです。なので水剥がし済みが希望です。
 目標量はゆうパック小箱満杯です。目標量に達し次第、私が責任を持ってお手紙ワークショップ主催者さんへお届けします。事前連絡は必要ありませんので直接ご恵送ください。よろしくお願いいたします。

郵送先:754-0891 山口市陶1956 椙山哲太郎

※紙付きでも数キロ以上の大量の場合はこの限りではありません。事前にご一報いただけますとたいへん幸せます。

[2月20日追記]
 皆さんのご支援のおかげで当初目標であったゆうパック小箱満杯はクリアしました。お預かりしたオフペーパー(水剥がし済切手)は、責任を持ってワークショップ主催者さんにお届けします。
 こちらのワークショップさんは切手そのものを切り刻むような工作はされていません。一部の郵趣家の中にはその懸念を抱いていらっしゃる方も少なくないことでしょうが、そのご心配はありません。図版のように栞、カレンダーなどの美しい作品に生まれ変わります。
 引き続き常時募集中です。一人でも多くのご賛同をいただきますように改めてお願い申し上げます。

[2月24日追記]
 郵趣ウィークリー紙の2018年No.9(2月23日発行)でもご紹介いただきました。重ねて御礼申し上げます。
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February 24, 2018

山尾庸三没後100年

 山口市秋穂二島出身の山尾庸三は長州ファイブの一人として日本工学の父と讃えられている方です。映画「長州ファイブ」の中では松田龍平さんが演じていらっしゃいました。しかし、それだけではありません。

 英国滞在中、手話を使い一般労働者と同じように工場で働いていた聾唖者と接したことがきっかけでした。その経験から前島密らとともに日本における盲学校・聾唖学校設立に尽力されました。昨年、山尾家で守り伝えられてきたそれら遺品の数々が山口県立萩博物館に寄贈されました。
 昨年の萩博での一般公開では、その盲学校・聾唖学校設立の意見書(明治4年)などの実物を拝むことができました。前島密らと創立発起人となって実現した、楽善会訓盲院資料や願書の類のことごとくが本物展示。そのいずれもが日本聾唖教育の至宝と言えるもので、その価値を山口県人自身こそが理解していないのではないかと忸怩たる思いでおりました。

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 公益財団法人日本郵趣協会・聴覚障害者切手研究会では山尾庸三没後100年にちなみ、東京目白の切手の博物館3階にて第10回聴覚障害者切手研究会切手展を開催します。会期は2018年3月10日(土)~3月11日(日)10:30~17:00の2日間で、オリジナルフレーム切手3種の販売のほか、山尾の肖像を描く記念小型印も使用されます。入場無料です。お近くの方はぜひご参観ください。

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■切手の博物館へのアクセスマップ


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February 23, 2018

2月28日に向けての作戦会議

 今月末でゆうパックの配達通知はがきが33年の歴史の幕を閉じ廃止されます。これを収集対象にしている人はかなり少数派だと思いますが、それでも最終便を作りたい方は私あてを利用してください。送られた実逓便もお返しします。

 配達通知はがきの厳密な最終日は、実は2月28日ではありません。2月28日までに差し出されたゆうパックが最後という意味で、配達通知はがきはおおむね3月15日頃までは送られるそうです。
 例えばですが、配達日にたまたま不在にしていた。それで再配達なり受け取りに自ら出向く日を引っ張れるだけ引っ張ればそれだけ遅い日付で送られることになります。そのケツカッチンがおおよそ3月15日頃とご理解ください。その引っ張りまではおつきあいは難しいので、ご希望の方はどなたか別の懇意の方と申し合わせてください。(ちなみに私が確実に留守にするのは、仕事がある3月6, 7日(火水)の16〜18時です)

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 往信便については図の仕様をお勧めします。角形6号封筒を横向きに使いますと、ゆうパック送票がちょうど納まり、なおかつ切手を貼るスペースも残されています。しかもアルバムリーフにもきれいに納まるベストサイズです。
 往信便は基本的に開封もせず軽梱包で別の封筒に入れて料金着払いで送り返します。要件のある場合のみ裏に小さく「要開封」とメモ書きしておいてください。なお、返送時の折れ曲り等が不安な方はスマートレターに入れてお返ししますので(角6だとこれがまた見事にぴったり入るのです!)事前にご連絡ください。
 最終的に、差出人さんの手元には(1)配達通知はがき (2)往信時の実逓便 (3)検索結果/追跡記録の3点セットが揃うことになります。もちろん(3)だけはご自分でプリントアウトしてください。

 各郵便局では制度廃止に向け、今からお届け通知欄に横線を引いて抹消作業を始めている局もあるようです。手遅れにないならないよう、今週末にしっかり仕込みの準備をしておきましょう。


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February 20, 2018

「郵趣品」では通じません

 私自身も差し出し時に「郵趣品」とだけ書いて郵便窓口に出したらダメ出しをされた経験があります。具体的な内容でなければいけないというのが理由でした。郵便局みずからが製作販売している場合も多い郵趣品、それがなんでわからないのかと不審感を抱いたこともありましたけれど、今はもうそれにも慣れました。
 なんでも禁輸品のボタン電池を航空輸送したところ、気圧の変化が影響したものか火災が起きたことがあるそうです。現実に事故が発生したことで内容品の確認が厳しく行われるようになりました。

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 本便も郵趣品ではダメだということで郵便局さんから問い合わせの電話があったそうです。窓口差し出し時に見逃していたことのお詫びもあったそうです。その結果、局の方で(古い手紙)と追記されました。
 「品名」箇所に丸印やチェックマークがある時は内容物の確認をしましたよ、という意味です。近くの郵便局さんに聞けば航空輸送をしたものかどうか等の詳細もわかります。検索結果(追跡記録)もプリントアウトして残しておきましょう。いずれ何かの役に立つ時代がくるかもしれません。

 なお、自分は「収集用使用済切手、封筒、はがき」と書くようにしています。

参照:航空輸送禁止ラベル


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郵便局で荷物一時預かりサービス「ecbo cloak」の実証試行

 羽生結弦選手のフレーム切手に衆目が集まっているさなか、さりげなく昨日プレスリリースされました。明日21日から5局で、3月1日からは26局で実証試行されます。
 ecbo cloakさんで事前予約・決済したうえで郵便局まで荷物を持ち込む仕組み。預り証のようなものを交付されるのであればそれを写真に撮り、なければ事前予約・決済のモニター画面をスクリーンショットしてセブンイレブンさんではがきプリントしてオリジナル記念カードが作れますね。当該地区にお住まいで興味のある方はぜひお試しを。さしあたって9月末までの試行ですのでご注意ください。

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February 18, 2018

ハウステンボス内風景印ポスト

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 寄贈品から出て来た絵はがきです。郵趣家あてのカチッとしたフィラテリックカバー類の中でこれのみ風合いが違うことに引っかかりました。郵趣家差し出しなら、こんな位置に風景印は押しません。それ以前に、風景印を押す余白を考えたうえで宛名書きをするものです。

 ググりましたらすぐにわかりました。絵はがき自体、ホテル日航ハウステンボスで自由にいただけるものでした。これをハウステンボス内のポストに投函すると早岐郵便局の風景印が押されて送り出されるという仕組みでした。しかも丸ポストが使われているようですよ。
 どうやら現在進行形で行われているサービスのようです。長崎(佐世保)に旅行された折にはぜひお試しを。

 ご記憶の方もいらっしゃると思いますが、ハウステンボスは一度倒産し、会社更生法の申請を行っています。それが2003年(H15)2月26日。はがきの日付はその1ヶ月後の同年3月31日です。偶然ながらいちばん大変だった時期の使用例というのはいいですね。

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 佐世保は母方の祖父が育った場所です。爺ちゃんは、今も存続している佐世保商業を出て明治大学に進んだものの、関東大震災で大学自体が一時閉鎖されたために中退して大陸(大連)に渡りました。
 一枚の絵はがきからいろいろ連想されてきます。これも何かのご縁です、風景印ポストに差し出すためだけにハウステンボスに行ってみたくなりました。


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February 15, 2018

翌々日発行はもういいんじゃない?

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 今日2月15日の正午から平昌冬季五輪メダリストのオリジナルフレーム切手の発売が始まりました。リオ五輪の時と同じく翌々日の発行です・・・が、一回やったからもういいんじゃないでしょうか?。

 ほんの1,000シートほどの少数をちょろちょろ発行していたら、経費喰いするばかりで利益が薄いのでは?。買う方も食傷気味だし、ぶっちゃけ、もう飽きました。世界最初に翌日発行を敢行したオーストラリア郵政なんかももうとっくにやめてます。

 今回から金メダリスト以外でも発行対象になったのはたいへん良いと思います。ですが、ニュージーランド郵政のように、ドーピング検査も無事にクリアして賞が確定した段階で、メダリスト全員の連刷シートを一種のみ発行でよろしいのではないでしょうか。

 ちなみに私は平昌に関しては自主的には一枚も買う気は無いです。フレーム切手は所詮、正刷切手ではありませんし。なにより、お金が続きません。勘弁して欲しいです(笑)


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February 12, 2018

マステの郵便使用はいつから?

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 今では誰でもが知っているマステことマスキングテープ。ちょっとググっただけですぐに岡山県倉敷市のカモ井加工紙株式会社さんが、2008年(平20)2月に”mt”のブランド名で販売したのが始まりだと判明しました。つまり今年で満10年ですね。して、そのmtが郵便物に貼られるようになったのはいつの頃からでしょうか?。
 後貼りすることもできますので貴重云々とは無縁な話ですが、世相流行の物証のひとつとしてマークしておくべきものと考えます。郵便ファンの皆さん、いつから郵便物に貼るようになりましたか?。もし、その実際の使用例が残っていればぜひ拝見させてください。(図版の消印は豊田 25.1.22 18-24)


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切手投機の残照

 沖縄の本土復帰が現実のものとなり始めた1970年代に一部業者による沖縄切手投機が仕掛けられました。その時の謳い文句が「沖縄が本土復帰すればそれまでの沖縄切手は使えなくなる=値段が上がる」というトンチンカンなものでした。ふみカードの例をひくまでもなく、有価証券としての信用保証がなくなれば無価値になるのが当たり前で、それ以降は骨董価値しかありません。
 大量印刷される切手の場合、よほどの理由でもない限り品薄になることはありませんので、未使用切手をただ漫然と買っていただけでは資産保全にはなりません。有価証券としての価値を失った沖縄切手ならなおさらです。今でもそこそこの値段がついているのは、当時多額のお金を払った人がいまさら安売りしたくないだけの話で、金券ショップに持って行けば実力のほどが知れます。ドル建てなので日本では郵便に使えませんし、とっくに使用禁止ですから仮にアメリカに持ち込んでも使えません。金券ショップさんは買い入れ自体応じてくれません。つまり有価証券としての沖縄切手の価値はゼロなのです。

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 図は1977年(昭52)の旬刊切手投資第227号です。ブームが過ぎてもう2年も過ぎているのに往生際悪くまだこんな扇動をしています。明らかすぎるほどに明らかな作り話に乗っかった人なんて実際はいたのでしょうか?。
 1975年(昭50)から切手収集を始めた私はギリギリのところで沖縄切手投機の被害には遭わずに済みました。なぜなら1974年の暮には”作られた沖縄切手人気”が潰えて市価も暴落してしまったからです。一連の沖縄切手投機事件は、日本郵趣史における黒歴史として今も深い影を落としています。

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 まことしやかな相場表まで乗っています。図案が美しく、そこそこの発行数もあったために格好の投機材料に使われた「守礼門」が1シート11,200円で先月より200円の値上がりだそうで。今となっては笑い話でしかありません。切手の場合、数が少ないと言ってもある程度の数がないと取引が行われないので投機材料には向きません。現存数1〜10枚といった本物の珍品切手の場合、数十年に一度しか取引市場(オークション)に登場しないからこそニュースになるのです。ここで言う切手投機とは性格が全く違います。
 同じ相場表に載っている見返り美人、月に雁、ビードロ、写楽のシート価格相場も吹飯ものの値段が付いています。あれから40年後の今、いったいどんな値段がついているかヤフオク等でご確認ください。この値段の1/4でも買い手がいないことがおわかりになると思います。

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 そんな折、昨日の北九州切手のつどい2018でこのはがきを入手しました。1973年(昭48)当時の旬刊切手投資の年間購読料の領収通知です。受取人は著名な郵趣家です。当時は名のあった郵趣家も相当数絡んでいたようです。上記のように”黒歴史”ですので、関係者の皆さんも大半が一切口外せず墓場まで持っていかれることでしょう。しかし、自分は一連の黒歴史はすでに歴史の彼方に消え去ったものとは考えてはいません。

 沖縄切手投機事件以前にも何度か切手ブームがありました。おまけに切手が使われたグリコ切手ブーム、東京オリンピックや大阪万博の時の切手ブームがそれです。最後の万博が1970年(昭45)年で、当時15歳だった少年もとっくに還暦を過ぎています。それ以前の月に雁だビードロだと熱狂した世代は70-80歳です。私自身は今年でやっと57歳ですからそれら切手ブームを一切体験していません。世代が全然違うのです。
 年に一度くらいの割で、かつての切手ブームを回顧する雑誌特集がありますけれど、世代が違うのでまったく感応しません。むしろ、その後に続く沖縄切手投機事件などを連想させ、悪しき記憶を呼び覚ます”余計なお世話”だとすら感じ苦々しく思っています。悪しき記憶とは、そうです「切手は儲かる」という幻想です。それが杞憂ではない実例は数多あります。

 コレクターの未亡人が亡くなったご主人のコレクション(と言っても記念切手をシート買いしていただけ)を換金処分に来られた際、「全部で何億円になりますか?」と真顔で尋ねられた例があります。

 また、切手の交換会に使われていると知った貸し会議室企業の経営トップが「金銭による売買などけしからん」と郵趣会への貸し出しを禁じてしまった例は枚挙にいとまがありません。私ですら2回も経験しています。特に会議室が使えなくなるのは痛打です。経営トップの皆さんは総じて高齢ですし、かつての切手ブームを連想し、会議室内で札束が飛び交っているとでも誤解されているのではないでしょうか。利益目的だけのために不特定多数に対して不正な売買行為をしている巣窟、あるいはブラックマーケットかのような先入観に支配されているのでしょう。事実とは全く違うのですが、残念ながらそんな企業トップの皆さんは決して交換会そのものを見に来て誤解を解いてくださるということはありません。お忙しいのでしょうね、きっと。

 金儲け目的なら私も”なんでも20円”なんて売り方はしませんって。100枚売ってやっとこさ2,000円にしかなりません。こんな少額のいったいどこがお金儲けと言えるでしょうか。確かに金銭は介在しますけれど、あくまでも収集趣味のためであってお金儲けのために参加している同好者はひとりもいません。その取引を禁じられてしまったら、そもそも交換会を開催する意味がありません。ここ山口県も専業の切手商さんが一軒もないため、収集家どうしが自主的に交換会を開催して収集品の流通を促しているという至極真っ当な活動なのです。そうでなければ公益財団法人の資格は得られるものではありません。

 いつまでたっても月に雁だビードロだと言い続けることは、結果的に、まじめで最新でもある郵趣活動とその社会的認知を阻害しているのではないかと、私はそう痛感しています。

 1970年代後半以降、日本の伝統郵趣を中心に発展し、それ以前の郵趣とは実相が大きく変化しました。使用例収集や消印収集のこと、テーマ収集の新興と発展など、きちんと説明すれば郵趣家でない人も読んで理解できて共感できるものばかりです。旅行貯金も風景印収集もそうした”その後の郵便シーン”を代表するムーブメントのひとつです。


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